プロローグ
世界の何にあれ同じだと思うけど、全ては両面性が存在する。
長と短とか光と闇とかそういうもの、もちろん人にも両面性はあり、例えば大体のニュースで出る犯罪者の隣に住んでいる婆さんはこう言うのだ。
「この世がダメなんだからね、あの優しい青年がそんなことをするとは。何かの間違いじゃないの?ねえ?佐藤さんもなんか言ってよ――」
こうやって犯罪者である彼が誰かには優しい青年と思われる一方、彼に被害を受けた人たちには悪い犯罪者と思われるだろう。
犯罪者だけがそういうものではなく、きっと誰にもそんな両面性は存在するだろう。
そして最初に戻るけど、両面性は世界のどこにも存在するのではないか。
それはもちろんこの三美市にもあるだろう、と哲学みたいな考えをしているのは他ではなく、さっき見てしまったことによって思考が変な方向に走ったというかなんというか。
理由はあまりにも当然、目の前で見てしまったのだ。
本来ならゴミみたいなものだけ捨てられているはずの建物と建物の間の狭い道、視野を照らすこととは満月しかない、町に満ちているネオンサインよりはくらいけど目の前の状況は見えるくらいの明るさ、その場所にその男は立っていた。
僕と同じくらいの平均よりちょっと大きい身長に、顔だけがちゃんと見えるくらいに暗い色の服を着ている痩せ型の男。
腰まで降りてくる長い髪形をしている今の僕とは違い、項が見えるくらいに短く、黒い僕とは違い、金髪な男。
どうせなら後姿だけ見えていたらよかった、と思うくらい、彼の横顔はこの状況を楽しんでるように笑っていた。
もちろん何事も楽しめとは言うけど、この状況で笑ってはダメと思う。
なぜなら、男は、既に地に落ちた頭ところか、腕と脚さえも体から離れた、さっきまで人間だったとは思えないくらいバラバラになった死体を前にしているのだ。
笑ながらそれを見ていた男が視線を感じたのかこっちを向いた。
“あれ?”
首を傾げながら心の中から変だと思うように見つめてくる男。
その視線に自分も知らないうちに後退りすると、彼は空いていた左手を眉毛の近くに付けて、西洋人の外見とは似合わない日本語でなにか呟き始める。
“あちゃー、そういえば普通の人には人にしか見えないな、これ”
そしてはこっちに向かって話をかけて来た。
まるで演劇でもしているような、まるでナンパでもするような口調。
“お、お姉さん。ちょっと誤解があるそうだけど話し合おうぜ、話。五分、五分でいいから。そのくらいの時間、大丈夫でしょ?”
いや、どっちかと言うとナンパよりは、宗教の誘いだったかも知れない。
とにかく話をかけながら付いてくる男に叫んだ。
“誰がお姉さんだ、誰が!それより待って、来ないで。僕まで殺す気だろ、この殺人鬼!”
“ほら、殺人って誤解だよ、誤解。俺そんな怖い人じゃないからね?さあさあ、落ち着いて、話しましょ、話”
状況を整理するように言う男だったけど、絶対嘘に決まってる。
証拠隠滅とか、目撃者は全部処理する、とかの理由で殺すに決まってる。
しかも殺人じゃないとか。
断言するけどあの死体はきっとあの男の業だ。
そうでなければ、
“嘘を言いたいなら、その手に持っているやつ入れてからしたら?”
あんなに生々しい血が付いてるナイフを持っているはずがない。
“おー”
男は今になって気付いたのか自分の右手を見てそこに持ったナイフから血を落とせようとするのか腕を振る。
それにナイフに付いていた血がビルの壁と地面に飛び散る。
そうしては刃を柄に入れて自分のパンツのポケットに入れる。
“これは失敬。いや、本当に申し訳ないね。俺も処理の途中で普通の人にバレたことはないからな。結構慌ててたよ、はは”
へまを照れくさそうに大きく笑う男だが、今絶対処理とか言った。
こう笑ってるけどいつ殺そうとするのかわからない状況、そもそも死体を見ても笑うやつだし絶対殺人に快楽を感じる変態に間違いない。
そう思った僕は彼の笑いに合わせて一緒に笑った。
それに男が勘違いしたのか微笑みながら改めて話をかけてくる。
“そうそう、今みたいに話せばきっとわかるってば、誤解だよ、誤解”
そんな彼の言葉に、
“うん、違う!”
後ろ向いて人生最大の速度で走った。
走り出した僕の後ろで男が驚く声が聴こえる。
やはりスカートは着なくてよかった、もしスカートだったら絶対死んでいた、と思いながら何分くらい走ったのか、いつの間にか交番に着いた僕はそのまま走りつけた。
生まれて初めてじゃないかくらい一生懸命走ったせいでぜえぜえすると警官が先に話しかけてきた。
“どうしましたか?水飲みますか?”
警官は不親切と言われたけど意外と親切な警官から水を貰って一気に飲んでから口を開ける。
“ふうー、もう生きそうだな。あ、それよりこういう場合じゃなくて人、人が殺されました!”
緊迫した状態で言うと警官も本当だと思ったのか真面目な顔で場所を聞いてくる。
何人かで行く方がいいかと思ったけど他の警官たちは見回り中のようで僕と親切な警官さん二人で殺人現場に向かった。
場所だけ話してくれるといいとのことだったけど走りまくったせいで説明できず、来た道を戻るしかなかったので同行することになった。
そうやって戻った場所には、真っ赤に血塗れになったバラバラの死体が、
“ない……?”
なくなっていた。
死体はもちろん、ビルの壁や地面を塗っていた血の痕跡さえも、最初からそんなものはなかったように、汚い元々の道だった。
なので本当だと言ってる僕の言葉に警官さんが、似たような道が多いから間違っているかも知れない、と言い他の道も探ってみたが、結局のところ死体どころか血の痕跡さえ見つけずに、何かに憑かれたようなその日の夜は幕を閉じたのだ。