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里山暮らしmasaoのブログ

2011年 会社勤めを辞め、里山暮らしを始めました。
初めて知ること、始めて見るもの、
ドキドキワクワクの毎日が続いています。
今日はどんな一日か?明日は何が起こるのか?

15年前にライセンスを取りスキューバダイビングを始めました。
その2年程前までは海水魚の水槽をやってたのですが、阪神淡路の震災で水槽がダメになりました。
当時は西宮のマンション2階住まいだったので部屋の床は物が散乱、そこに水槽が壊れ水浸になり
その水は階下の方にも迷惑を掛けてしまいました。
そんな事があり、水槽はやめ「自分が水中に見に行くしかない!」と、
震災が落ち着いた2年後に始めたのです。

ちょうどその頃スキューバダイビングのブームが一段落した時で、ライセンスを取るには
いいタイミングだったなァー、(ダイビングショップの対応が良くて)と今になると思うのです。
元々写真を趣味にしていたので、ライセンスを取るとすぐに水中写真用のカメラハウジングを購入。
その後ダイビングの回数は少ないものの、沖縄本島、慶良間諸島、久米島、宮古島の南西諸島と、
海外ではハワイ、近場ではキャンプをやりながらの紀伊半島最南端の串本などに数回行きました。

南西方面に初めて遠征したのは慶良間諸島。
沖縄空港まで一旦飛び、那覇泊港から高速船でほぼ真西に約1時間でケラマ到着です。
渡嘉敷島、座間味島、阿嘉島、慶留間島他約20の島々からなる諸島で、ダイビングポイントは
ほぼ全域に散らばっています。
さすが世界が注目している美しい海の一つだけあってその島々の風景と海は最高です。

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なんといっても魚の種類がスゴク多い 、サンゴも多いので1回のダイビングの(約40分ほど)間に
カメラの36枚撮りフィルムがあっけなく無くなってしまうのです。
(ダイビングを始めた頃は防水タイプのデジカメセットがそれほど普及していなかったのです)
もちろん水中でのフイルム入れ替えはありえないので、配分を考えながら撮影しないとせっかくの
シャッターチャンスにフイルム切れなんてことになってしまいます。
それ以上に難しいのは、被写体の魚がなかなかポーズをとってくれないことです。
それどころか特にクマノミなんかがそうなんですが、警戒をあらわにするのでカワイイ顔を
見せてくれません。ホント魚に比べれば人間のモデルさんを撮影するなんて簡単に思えて来ます。

ここで紹介している写真はほんの一部で、とてもとても水中のすばらしさを伝えることが
出来ていませんが是非イメージを膨らませながら見てください。
次回、久米島、宮古島(八重干瀬)、ハワイオアフ島(ホノルル沖)の写真を順をおって
紹介したいと思います。
それではまた。
我が家の前を宇生賀盆地唯一の県道316号線が走ってます。
(今日朝、家の前で撮った雪の県道316号線です) 
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この地域の近くにスーパーマーケットは(もちろんコンビ二も)なく、
萩市まで食料、生活必需品を買い行くために、この316号線を利用することが多いのです。
ただこの県道約3kmの間、写真のように昼でも薄暗い深い杉林の中を通っています。
しかも杉林の道幅はどう見ても3mもなく車1台通るのがやっと という感じです。 
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実は萩市に通じる道はもう一本あり、こちらは舗装整備された幹線道路なのですが、
316号線に比べると随分遠回りになります。杉林の道を利用しても結果的にはこの幹線道路に出ます。
この出た三叉路を基点に我が家までをGoogle Earthを使って距離計測をすると、
杉林道路約4kmに対し2車線道路約12kmと1/3なので間違いなく近道なんです。
下の地図に記入した赤ラインと黄ラインの違いです。 
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ということでこの近くの皆さんも利用されますし、仕事のための社用車だけでなく
この道に慣れたトラックの他ダンプの運ちゃんも結構利用しています。
時にそんなダンプにすれ違い遭遇すると、“さあ大変!”
今走ってきた近くに避けるスペースがあったかどうかを瞬時に思い出し、(数秒間の沈黙後)
ライトをパッシングさせながらバックすることも・・。

しかしこれだけのリスクがあっても近道のメリットが大きく私ももちろん利用します。
ただし、快晴の日中に通行する時もライト点灯していることと、
雪、雨の多い日、帰りが暗くなってしまったら絶対無理せず遠回りし、
少しだけガソリンを多く使ってます。 ハハハァ。




昨年末26日に作ったのに続き、昨日の日曜日この冬2度目のもち作りをしました。
年末に作ったもちはすでになくなったこともあり、もう一度作ることになったのです。
山口市に住む兄姉夫婦も手伝いに(実は主力の、頼りになる二人なのですが)来てくれました。
種類は普通とよもぎ入りの丸もち、あずき粒あんが入った丸もち、
それにかきもちになる黒糖入り、青のり入りと色々作りました。

なぜ昨年の新鮮味のある一度目を記事に出来なかったかというと、
どんな展開でもち作りをするのか? 私は何をどう手伝うのか? がまったく不明だったことと、
もちがくっつかないための“もちとり粉”が手に付きカメラを触ることが出来なかったからなのです。
それに比べ今回は手順が分かっていたので、カメラを持つタイミングもつかめ写真に出来ました。

もち作りレシピページではないので詳細はやめにしますが、出来上がりまでの概略を簡単に説明します。
前日準備
・もち米を水に浸し置きします。
・あずきを甘く煮て粒あんにします。
当日朝準備
・粒あんをもちに入れる大きさを見極めて丸める
・よもぎをゆでる、青のりを火に掛け乾燥する、黒糖を細かくつぶす
・もちカッターをセット(パン作りの生地カッターと同じ形式)、丸める場所にもちとり粉を振る
本番もち作り
・蒸したもち米をもちつき器に入れ、少し経ってからよもぎ(青のり、黒糖)を加える
・つき上がったもちをもちカッターに入れ、一個づつの大きさを見極めてカットする
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・一個づつにしたもちを両手でソフトタッチに形を整える(あん入りはあんを包み終えてから)
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・間隔を空けて並べ表面に薄まくが出来、形がくずれないようになるまで乾燥する

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と、特に赤字の部分は“待った!ナシ”の連携が必要な短時間作業でした。
(そうなのです。もちって以外にすぐ固まっていくのです)

それほど時間がたたない内に、軽く焼いた粒あん入りもちの旨さは感動でした。
これから一ヶ月余り間、朝食は2~3日置きに雑煮、焼もちになるはずです。
ゴチ、ゴチ!






ずーと不思議だったのです。この宇生賀盆地が。
かなり標高の高い(約400M)この場所で、どうしてこの規模の平地(周囲約6kmの盆地)が出来たのか?
色々調べて見ました。 
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この周辺の地域、十数万年前は群生火山の地帯だったことが分かりました。
関連した話をちょっと先にしますが、萩市から北の日本海に多くの島があり、
そのほとんどが火山で出来た島だということも分かりました。
総称で萩6島と呼ぶ相島、尾島、羽島、肥島、櫃島、大島、はどの島も
まるでパラグアイオニバスの葉を横から見たような平らな島です。
元々は陸地だった頃マグマの噴火によって出来た数ヶ所の溶岩台地が、幾度かの海面高さの変化を繰り返し今のような台形の島々になったようです。
萩市の北方に笠山という観光ポイントの半島があるのですが、約1万年前のこの笠山の噴火を最後に群生火山は収束したと言われています。 
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さて、私の住む宇生賀盆地の成り立ちに戻ります。
先ほどの群生火山は阿武火山群と名づけられていますが、ここ阿武町宇生賀(うぶか)はその火山群の中心に近い場所に位置します。
約2万7千年前、この地の西方にある鍋山の噴火によって川がせき止められ湖が出来たのだそうです。
この湖の水が何時ごろ、どうして無くなりどのように平地になっていったのかは不明です。
この鍋山だけでなく、盆地の他3方向(北方の高牟礼山、南方の権現山、東方の西台)の山全てが火山だったこともわかっています。 
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その後の7千数百年~6千数百年前の縄文人によると思われる焼畑農耕、アワ、キビ、ソバ栽培の痕跡が研究者のボーリング調査によって発見されました。
これは当時(1987年)日本最古の農耕跡では?と新聞記事になったようです。
これってスゴイことですよね。

時は過ぎ約3千年ほど前、後々盆地の伝説となる神代杉が成長していたことも調査報告されました。
その伝説というのは2千2百年前、俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)という僧によって
この神代杉が切り出され、奈良東大寺の再建に使われたとの言い伝えです。
そしてその神代杉の根の部分(うもれ木といわれています)が、時を越えた今でもこの盆地の田の中から掘り出されています。
※お断り(色々な資料を基にし記事を作りました。記述、年代などの食い違いがあるかも知れません)

イヤイヤイヤ!この宇生賀という山里、色々調べるほどにワクワクする所だと本当に感じました。
この最後の話題のうもれ木についてまた別の機会にブログで紹介します。
それではまた。









ここ宇生賀盆地の成り立ちをブログの記事にしようと昨日から編集していました。
その途中に、前の話題にした猫のウリが今日他界してしまいました。

昨年末に西宮からここ山口の田舎へ来て、そのままこの家で過ごすことを決めて約2週間程です。
昨日からいつもの様子と違い少し元気がないとは思っていました。
夜になり動きが余計少なくなり、今日朝苦しむ様子もなく妻の腕の中で息を止めました。

ウリとチョビがこれからどうなるのか、紹介できると楽しみに思っていた矢先でしたので残念です。
以前に撮ったウリの写真を何枚か紹介します。
椅子の肘掛に手を掛けて立ちポーズをするのがいつもの姿でした。

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下から2番目はウリとチョビ、一番下はウリ最後のポートレートです。(娘にもらった首飾りで)

また少しして機会があれば、チョビの成長をお話します。
それではまた。
11月末まで住んでいた西宮市から娘が遊びに来ました。
西宮には「ウリ」という名のアメショー(14才)が娘と生活しています。
生後2~3ヶ月の時からずーと一緒に生活して来た家族のようなネコです。
外には数度しか出たことがないマンション暮らしの上に、
そろそろ高齢の域のに入ってきたこともあり
やむなく一緒に田舎で生活することを断念したのです。
そのウリを連れてやって来てくれました。一ヶ月ぶりの再会です。
masaoのブログ-アメショー「ウリ」です。

masaoのブログ-「ウリ」です。

一方、ここの家の周りに住んでいりる野良さんのネコグループがいて、
準備のために来ていた頃から
その中に生後約3ヶ月の子猫がいたのを知っていました。
ちょうどその頃からこの地方にも雪が降るようになり、
寒い日が続きその子猫のことが気がかりでした。
結局我々が定住するのと同時にこの子猫も家ネコにする事にしました。
その子猫に付けた名前が「チョビ」です。
数日後動物病院に連れて行き、健康診断し
(結果は問題なしだったのですが、
かぜ気味であることが分かり治療を受けました)
また後日にはワクチンの接種も受け、
今は元気に家中を遊び回っているのです。
masaoのブログ-日本ネコ「チョビ」です。

masaoのブログ-すっかり家ネコの「チョビ」

さて、この二匹が年末に遭遇しました。
遭遇1回戦は距離3メートルから「ウーッ」ウーッ」でした。
2回戦以後は徐々に距離を詰めてはいましたが、相変わらず「ウーッ」ウーッ」
やはりおばあさんのウリは軽く流している感じですが、
ヤンチャ娘のチョビはちょっかいを出すといった展開です。
masaoのブログ-チョビの食事を見るウリ

masaoのブログ-紙箱で寝るウリと、ちょっとつまらなそうなチョビ

日は過ぎて、今日は二匹が出会ってからすでに4日目です。
やはりけん制しあっているものの、
チョビの方も少しずつですが馴れて来ている様子です。
この二匹の今後がどうなるか、こうご期待。
それではまた。


住んでいる周りの殆どは稲作の田です。
それだけでなく一部の農家さんは、ビニールハウスの野菜作りをされています。
この辺りのハウス野菜で一番多いのは“ホウレン草”です。その他は白菜、
夏頃にはスイカも作られているのだそうです。
(すみません、実はまだ余り知らないのです)

雪が降る少し前、散歩途中にビニールの掛かっていないハウスを見つけました。
当然中は何も作っている様子がなくさびしい感じがしたのですが、よくよく見て
いると何か近未来的な雰囲気をイメージしたので(と、思ったのは私だけかも)
その思いを感じながらカメラに収めてみました。
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後で聞いた話話なのですが。
ハウスがたくさん並んでいるのは、単に多くの野菜を収穫するためだけ
ではないのです。 ホウレン草は成長が早いこともあり年中栽培、
収穫することが出来るんです。
しかも毎日出荷をするために、ハウスの並びの順番に時期をずらして
栽培しているのだそうです。
(鮮度と市場に出すタイミングのため、毎日収穫は必ず深夜なんですって!)
なるほど、ハウスが同じ形、同じ長さで整列しているように作られている訳が
分かり納得しました。
それではまた。
年賀状の投函と、切手が無くなってしまったので郵便局まで歩いて行きました。
最近朝のウオーキングを休んでいたので、思い切って雪道を歩いて行こうと決断したのです。
それほど高くはありませんが山越えの道路です。
ツルツル滑るタイヤ跡を避け、なるべく道の端を歩いて約一時間(郵便局に行くだけでですョ)。
Google Earthで調べたら、片道約3.4㎞の距離でした。

行きには滑らないよう足元を気にしていたこともあり全く気が付きませんでしたが、
帰り山越えの道のちょっと脇の雪の中に、所々ある赤い物を見つけました。
雪を払うと野いちごです。よくよく見るとその辺一帯にあることに気が付きました。
こんなに立派な実を付けたものを今まで見たことが無かったのと、
確か“野いちごって夏頃に実が付くのでは”と思いました。
しかし“野いちごに間違いない”確信があり何本か持ち帰ることにしました。
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確信していたものの、野いちごのことを余りよく知らなかったので調べてみました。
野いちごは木いちご(ラズベリー)のグループだということがまずわかりました。

①科名:バラ科/属名:キイチゴ属
②見つけたイチゴは12月~1月に掛けて実をつける種類らしいこともわかりました。
 冬苺(フユイチゴ)/学名:Rubus buergeri
③そして調べた項目の最後に ―食べれます―、と。
「やったー!」早速ツルに付いている小さなトゲに注意しながら実をはずし、
何度か水で洗い器に入れ、それも写真に収めました。
その後で「食べられるの?」と訝る妻と食べてみました。
他の果実に例えられない「すっぱ甘い!」たくさん食べれるという感じではありませんがなかなかな味、しかもこの時期に山で取れた物という意外性もあり感激しました。
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年賀状を投函に行った帰り道に、思わぬいい事があったので、
これは「もしかしたら、お年玉付き年賀状が大当たりするかも!」
ひょっとすると「年末ジャンボ宝くじも期待が出来るかも!」 ウン ウン。
それではまた。
昨日に続いて5センチほどの積雪です。
東の空が明るみだしたので、カメラを持って出てみました。
数枚を撮りましたが、あまりの寒さで結局すぐに引き返しました。
子どもの頃ってウッカリ薄着、ソックス無しの裸足に靴で遊んだ覚えがあるのですが。
ついでに熟した柿に積もった雪とのコントラストが綺麗だったのでその画像と共に。
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天気予報当たりです!
それほど多くは積もらなかったのですが、朝起きると5センチほどの雪景色でした。

“ダイコンを抜かなければ”
せっかく育ったダイコンが、降雪でダメになるので抜くことが必要なんだそうです。

確か!「ダイコンは畑の内の一列だけ、半分ほどはすでに収穫済みでそれほど大変な事ではないはず」と、安易な思いで上下の防寒服、オヤジさんのナガグツを借り軍手に包丁を持ち いざ畑にGO!

masaoのブログ-掘り出したダイコン

たかが20本ほどのダイコンを抜いたのですが、軍手にもかかわらず手が冷たい!
思いもしなかったのですが、ダイコン自体がとても冷たいことを実感しました。
やっと抜き終えたダイコンは(写真のように)葉の茎部分を少しだけ残して包丁で切り落としし、
土の付いた状態で野菜貯蔵庫に保管です。 きっと正月~の料理に欠かせない食材になるはずです。

ダイコンを抜き終えた後、初めて経験しました。 土の付いた手を洗い"水道水が暖かい”と。
それではまた。