十人十色
ブログネタ:モテそうなのは何カップ?
参加中本文はここから
持論だけど、”カップ” じゃねぇ。
例外もあるだろうが、人間って何かを最初に見たその印象が後々の人生に多大な影響を及ぼすもんだ。しかも、それが初見の時点か結果的にか、自分の好む物(者)、または好意をもつ者であれば尚更だろう。そういったところは、会話中で語られる人様の話の中から、それらがその人にとって ”役に立っている” か ”枷や仇” になっているのかが計り取れる。大半は後者だと感じる。それだけ、皆、極端に視野の狭い ”殻” の中で生きていることを痛感さぜるを得ない。
友人、知人と話していて 完全には不可能だけど、「この人のバックグラウンド(人間形成の礎)って何だろ?」 ってのを考える癖が俺にはある。比喩的に、長い糸を巻き上げてて突然引っかかりがあったり、平坦な道を走っていて時折凹凸があったり…誰でも面倒くさいところは回避したがるだろ。少なからず俺もそうだ。だけど、一人間が都度、折角出会ったそんな”良い機会” を避けるもんだから、現在を形成するに至ったバックグラウンドがその意味を成さないんだよな。人知れず生まれてしまった呪縛とも言える先入観。実は、全て初見が制していると言っても過言ではない。
つまりはこうだ。「モテそうなのは何カップ?」 の判定を制しているのは、筆下ろしの方が何カップだったか?と、んな事ぁ無関係で ”女は商品だ” 志向なら、単にデカい派 or ちっこい派 or ビッグ乳輪派 or ハト胸派 etc…ってな感じな人も居るのかな。
「何カップ?」 の回答をしないと参加の意味がないから、一応、”D” は欲しいね。もっと言うと、ハト胸の ”D”(絶対譲れねぇな)。
「何カップ?」 の回答をしないと参加の意味がないから、一応、”D” は欲しいね。もっと言うと、ハト胸の ”D”(絶対譲れねぇな)。
まぁ、十人十色だな…