4歳までとはいえ社宅での生活のことは3歳くらいからの記憶は残っています。イチゴやスイカ、バナナなどにコンデンスミルクをかけたおやつ…。
ポン菓子屋さんの車が団地に来ると、米と砂糖を持って同年代の子たちと走って行きパンっという大きな音に耳をふさぎながら大はしゃぎしたこと…。
社宅の2Fにもかかわらず、ベランダの柵の向こう側をてくてくと歩いてるところを母が部屋の中から発見し、腰を抜かしそうになるくらい驚かせたこと…。
そんな思い出が沢山つまった社宅から、祖母と叔父の暮らす母方の実家へと引越すことになりました。母が妹を妊娠したのをきっかけに、叔父や叔母が近所に暮らす実家に引越すほうが良かったのだと思います。
引越しの日…可愛がってくれていた同じ棟のおばさんが私を抱きしめて泣いていました。4歳の私は「お別れ」の意味もわからず、なんで泣いているんだろう?と不思議な感覚だったことを覚えています。同年代の子たちにも「またね」とあっさりとお別れしました。この母方の実家への引越しが私の運命を大きく変えたのです。
母方の実家は父にとって苦痛以外の何物でもなかったのでした…。
少し引っ込み思案な性格ではありましたが、みんなに愛された社宅での生活が終わりました。
ポン菓子屋さんの車が団地に来ると、米と砂糖を持って同年代の子たちと走って行きパンっという大きな音に耳をふさぎながら大はしゃぎしたこと…。
社宅の2Fにもかかわらず、ベランダの柵の向こう側をてくてくと歩いてるところを母が部屋の中から発見し、腰を抜かしそうになるくらい驚かせたこと…。
そんな思い出が沢山つまった社宅から、祖母と叔父の暮らす母方の実家へと引越すことになりました。母が妹を妊娠したのをきっかけに、叔父や叔母が近所に暮らす実家に引越すほうが良かったのだと思います。
引越しの日…可愛がってくれていた同じ棟のおばさんが私を抱きしめて泣いていました。4歳の私は「お別れ」の意味もわからず、なんで泣いているんだろう?と不思議な感覚だったことを覚えています。同年代の子たちにも「またね」とあっさりとお別れしました。この母方の実家への引越しが私の運命を大きく変えたのです。
母方の実家は父にとって苦痛以外の何物でもなかったのでした…。
少し引っ込み思案な性格ではありましたが、みんなに愛された社宅での生活が終わりました。