尾木先生が練馬の中学の教師をしていた時、
尾木先生が副担任をしていたクラスの担任の先生が出張だというので、
副担任の尾木先生が出席を取りに行った。
そしたら、学級委員の男の子と女の子が前に出て、
司会をして学級会をやっていました。
男の子の方の表情を見ると、凄く顔色が青い。
大丈夫か?と声をかけたところ、「風邪を引いただけだから大丈夫です」と彼は言った。
「家で寝てても面白くないから今日は出てきました」と言った。
でも尾木先生は心配だったので、「無理をしたらダメだよ」と言った。
彼は凄く背が高く、尾木先生を見下ろして、「先生ありがとうございます。」と言った。
それが土曜日の事。
月曜日学校に行くと、女性教師が職員室で泣いていた。
どうしたのかと聞くと、
学級委員の彼が亡くなったと言う。
そんな事を言われても、
スポーツ万能、勉強もかなり優秀
しかしとても優しく、男子からも女子からも人気があって信望の厚い子で
とてもそんな子が亡くなるとは信じられなかった。
しかし、現実だという事が明らかになってくる。
風邪の菌が心臓に入った。
医者曰く、「運が悪かったとしか言えないですね」
そんな形で亡くなってしまった生徒。
教師は勿論だが、クラスメイト達の衝撃は物凄かった。
告別式に別れの言葉を頼んだ子。
その言葉。
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一昨日の朝、少し寝坊して朝練に遅刻しそうになったから
おまえの家に電話できなくて、親に「朝練に行くって伝えといて」と頼んで家を出た。
朝練を終えて教室で話をしていた。するといつもの通り先生が教室に入ってきた。
そして「今日、残念な事がありました」と言った。
先生はこの言葉をよく使うのであまり気にしなかった。
そして、おまえの名前が出てきて、昨日死んだと行っている。
俺は心臓が一瞬止まった。
耳を疑った。
気が付いた時には汗を沢山かいていた。
それからその後は頭の中が真っ白であまり記憶がない。
そして部活を早めに終えて家に帰った。
家では母が泣いていた。
やっぱり本当だと思った。
それからおまえの家に行っておまえの顔を見た。
死んでるなんて思えなかった。
家に帰っても頭の中は真っ白で何がなんだか分からなかった。
次の朝起きると目から涙があふれ出た。
それからおまえの事が頭の中へ浮かんできた。
涙も次から次に出てきて止まらなかった。
おまえと知り合ったのは小学校一年一組で同じクラスになったときからだ。
俺は遠くの保育園から来たので友達がいなかった。
おまけに体が大きいくせに苛められて泣き虫で運動神経は最低中の最低で頭もあまり良くなかった。
おまえは人気があって走るのは早いし、塾にも行っていないのに一番頭が良くて面白くて明るくてそして誰よりも優しかった。
俺はそんなおまえに憧れていたし大好きだった。
小学校二年の時、友達もいなかった俺の誕生日にチョロQをプレゼントに持ってきてくれた。
その時の600円というのは俺達にとって大変な金額だった。とても嬉しかった。
三年生の時、一緒にサッカークラブに入った。
やはり、おまえは上手で俺は下手だった。
四年生の時、イトマンに入った。
やっぱりそこでもおまえは大会に出れるようになったけど、俺は幼稚園児たちと一緒に練習してた。
5.6年になって俺は野球クラブに入ったがやはり下手で、いつもみんなで野球をやる時は最後にジャンケンで、いるとかいらないとか言われてた。
だけど、おまえに貶された覚えはない。
こんなに差があるのに友達でいてくれたおまえを俺は大好きだった。
お前は私立の中学校の受験に受からなくて、また一緒の学校に行ける事になった。
中学校に入学してからも、殆ど一緒に登校したし部活の無い日は一緒に帰った。
昨日の通夜には行かなかった。
家でタオルをくわえてこの文を書いていた。
おまえは俺にとって命よりも大切な友達だ。
朝、遅刻すると内申書に良くないと言って、一緒に走った。
おまえはよく遅れてきた。今でも後ろを振り向くと後ろから走ってくる気がする。
玄関で待ってると○○ちゃん、と言って読んでるおまえの声が聞こえてきそうな気がする。
今、おまえをこうして見ていると、冗談だ。と言って起きてきそうな気がする。起きてきて欲しい。
数え切れないほど人たちがこんなにも悲しんでいる。
おまえは自慢しなかった。
俺がテストでいい点を取った時は褒めてくれた。
俺が悪口言われてる時はかばってくれた。
おまえは自慢しなかったけど、これだけ沢山の友達をもって、これは自慢したほうがいい。
よく、喧嘩するほど仲がいいって言うけど、あれは違う。
おまえと俺は喧嘩したことないからな。
時々遊びに来いよ。
夢でも幽霊でもいいから、盆と正月は必ず来いよ。
俺が死ななきゃならない時は三途の川まで絶対迎えに来いよ。
今度話すとき、おまえは天国、俺はプロ野球の話をしよう。
最後にもう一回言うけど、
おまえは俺にとって、命より大切な友達だ。
いつまでも友達でいよう。
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これ以降、この別れの言葉を述べた子の授業態度が変わったそうで、
真剣に、食らいつくようにに教師を見詰めて授業を受けていたと言う。
まさか、亡くなった彼の分まで勉強しようとしているんじゃないか?と声をかけると
「そうです。早稲田の付属に行きたかった彼の分まで残った俺が勉強してやる」と言った。
教師一同、とても感動したが、あまり無理はしないよう声をかけた。
住んでいる世界が違っても、
相手が死んでしまっていても、
繋がって生きていくことが出来る。
一緒に生きていく事が出来る。
生きる角度、心の豊かさ
誰かと繋がっているという想いがあれば、物凄いパワーが出てくる。
震災で多くの方が犠牲になってしまった。
その方たちと命を繋いで生きていく事が大切。
そう尾木先生は教える。