血液を使った認知機能検査や予防とトレーニングなどが登場
現在の認知症マーケットの主な分野として挙げられるのは、(1)スクリーニング検査、(2)予防トレーニング、(3)見守りセンサー、(4)認知症関連保険──の4つ。(1)については、従来は「ミニメンタルステート検査」(MMSE)といった、読字や描画、計算の設問に解答してもらい点数化して認知症などの疑いを判定する検査が一般的でした。そんな中、認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)のリスクを測る血液検査の「MCIスクリーニング検査」が登場しています。
認知症患者の6割以上は、アミロイドβペプチドの脳への蓄積で発症するアルツハイマー型といわれます。「MCIスクリーニング検査」では、アミロイドβペプチドの排除などの機能を持つ3つの蛋白質を調べ、A~Dの4段階でより客観的にリスクを判断できます。
同検査は、筑波大学発ベンチャーの(株)MCBI(茨城県つくば市)が開発し、2015年に事業化しました。検査を導入する全国の医療機関数は既に2300件弱に上ります。費用は受診者の全額自費で1回2万円前後かかるほか、自覚症状のない段階の検査のため実施状況はまだ低調なようですが、予防の重要性がさらに増せば広がる可能性は高そうです。同検査以外にも、遺伝的な面からリスクを判定する「APOE遺伝子検査」なども普及しつつあります。
スクリーニング検査の主目的は、早期に認知症リスクを知って予防につなげること。その意味では、「(2)予防トレーニング」の充実が欠かせません。ニッセイ情報テクノロジー(株)(東京都大田区)は2019年4月、認知症の研究・臨床に長年携わってきた医療法人創知会理事長である朝田隆氏の監修の下、問題形式で脳をトレーニングする「暮らしの脳トレ」を発売(図2)。モニターやタブレットなどを使って選択式の問題に解答する仕組みで、700問以上が収載されており、今後数千問まで順次増やす考えです。
図2 ニッセイ情報テクノロジー(株)の脳トレーニングシステム「暮らしの脳トレ」の概要
同商品の特徴は、「短期記憶」「視空間認識」「注意力」「推論力」の4つの脳機能を訓練でき、「交差点のどの位置に立っているか」など、日常生活での課題を設問にした点。ヘルスケア営業本部理事コンサルティング部長の林秀樹氏は、「茨城県牛久市の高齢者を対象とした実証実験では、『暮らしの脳トレ』の実施前後において心身機能の低下を測る自治体の基本チェックリストを実施したところ、3割弱の人が改善した」と語ります。
利用料はタブレット1台当たり月額2万円。ある程度健常な入居者の多い自立型や住宅型の有料老人ホームを中心に、トライアル中も含めて10施設が利用しているそうです。今後は、介護予防を目的とした自治体の通いの場などでの活用を促し、3年後には100~150カ所への導入を目指すとしています。
一方で介護現場を中心に、認知症による徘徊や転倒などの事故も大きな問題となっています。ただ人材不足の中、人員増による事故防止は難しいのが現状。そこで多くの企業が「(3)見守りセンサー」の開発を手掛けており、その導入により、事故の減少と職員の負担軽減を実現したケースも出てきています。
認知症予防を保険でカバー
医療・介護現場とは関係は浅いですが、生命保険会社や損害保険会社による「(4)認知症関連保険」の開発も盛んになっています。その先駆けが、2016年3月に「ひまわり認知症治療保険」を発売した太陽生命保険(株)(東京都中央区)。アルツハイマー型や血管性などの器質性認知症と医師に初めて診断され、意識障害がなく見当識障害がある状態が180日続いた際に200万円が払われます。
さらに2018年10月には、「ひまわり認知症予防保険」を発売しました(図3)。器質性認知症と診断されたら100万円がすぐ払われるだけでなく、予防への取り組みも支援。保険加入の1年後に3万円の予防給付金を受け取れ、その後は2年ごとに3万円が支払われます。保険料は年齢や性別などで異なり、60歳女性の終身保障で月6000円程度です。スマートフォンを使って家族と一緒に歩行速度の計測、脳のトレーニングなどができるアプリも提供。また、予防給付金でMCIスクリーニング検査を受けられる仕組みも整えられています。
図3 太陽生命保険(株)の「ひまわり認知症予防保険」の概要
2019年6月には、認知症関連保険の累計販売件数は50万件を突破。同社営業企画部営業企画課長の村川謙治氏は、「以前から年金などのシニア向け保険に注力してきたことが認知症保険を開発する強みとなった」と話します。同社は、約150カ所の支社のペーパーレス化や事務作業の自動化を進め、社員の業務負担を軽減してきました。一方、認知症治療保険の発売と同じ頃に、専門知識を有する内務員が加入者宅を訪問し、給付金の支払い手続きなどに迅速に対応する「かけつけ隊サービス」を開始。こうした顧客目線のサービスも、好調な保険契約につながったようです。
医療機関や介護施設などのさらなる支援に向け、企業の動向は一層活発化すると考えられます。こうした商品・サービスを効果的に導入すれば、医療・介護現場のサービスの質向上や業務の効率化などを実現できるはずです。一度検討してみてはいかがでしょうか。
認知症患者の急増を背景に、その関連マーケットの動向が注目を集めつつあります。国が認知症対策に本腰を入れる一方、認知症予防の分野を中心に商品・サービスの開発に乗り出す一般企業が目立ち始めました。医療・介護現場でも、「予防」「効果的・効率的ケア」の両面からのアプローチが広がりつつあります。
国の認知症施策には長い歴史があります(表1)。そのターニングポイントの1つとなったのは、2004年に「痴呆」の名称が「認知症」に変更されたこと。これを機に、「国民が認知症を正しく理解し、認知症の人が安心して暮らせる町づくり」が政策の前面に掲げられました。2012年には「認知症施策推進5か年計画」(オレンジプラン)が策定され、認知症サポート医の養成などを推進。2015年の「認知症施策推進総合戦略」(新オレンジプラン)では、認知症初期集中支援チームといった多職種による支援体制の構築も打ち出されました。
表1 これまでの認知症施策の変遷(編集部まとめ)
そして、厚生労働省を中心に議論されてきたそれまでの枠組みを刷新し、政府が主導して2019年にまとめたのが「認知症施策推進大綱」です。政府の大綱の基本的な考え方は、「共生」と「予防」。認知症の人が周囲や地域の理解と協力の下、住み慣れた地域で尊厳と希望を持って生きる「共生」の実現を最重要施策に挙げました。
さらに「予防」については、認知症になるのを「遅らせる」「進行を穏やかにする」ことと定義。生活習慣の改善などを進め、結果として「70歳代での発症を10年間で1歳遅らせることを目指す」としました。「共生」と「予防」の考えに基づき、「介護予防に資する通いの場への参加率を8%に高める」といったKPI(重要業績評価指標)や目標値を示したのも特徴です(図1)。
図1 認知症施策推進大綱で示された具体的な施策と主なKPI・目標
こうした環境下で、医療・介護業界を支援する企業の商品・サービス開発も活発化しています。これまで盛んに行われてきた根本的治療薬の開発がスムーズに進んでおらず、「予防」や「効果的・効率的ケア」の実現に資する商品・サービスの開発に注目する企業が増えています。
国を挙げて後押しする動きも見られます。開発に関わるKPIや目標が大綱に盛り込まれたほか、2019年4月には経済界や産業界、医療・介護業界、関係省庁など101団体が参加し、日本認知症官民協議会が設立。8月には同協議会の「認知症イノベーションアライアンスワーキンググループ」で、認知症に関するニーズなどを踏まえた潜在的市場規模の把握・分析や重点投資分野の設定などの検討が始まりました。