「あなたを幸せにしてくれますように」
■森月?呼び方のよくわからない、森山×伊月のおはなし、ただしあんまり幸せではない。遠い未来でこの2人はちゃんと幸せになるよ、伊月もきっととても幸せになるよ!と私は信じているが、とにかくこの話は幸せな話ではないのでご注意ください。「ウェンディング・ベル」という恐ろしく古い素敵な曲をユーチューブで発見して聴きながら書いたらこうなりました。「くたばっちまえアーメン」
■非常に遠回しにえろ。うそ。遠回しだが非常にえろ。書いてる私が恥ずかしかった。初めてえろいのなんか書いたので、(どうしてえろにする必要があったんだろう)本当にどうしたら良いかわかんない感じになりました。
「ごめん」と森山が本日13回目くらいの言葉を口にして、伊月はそれと同じだけ言いつづけた言葉を返した。「良いですよ、大丈夫」
開け放った廊下の窓から6月の雨のしめった匂いと音が流れ込んできて、細かいほこりと舞い込んできた水の粒子が、ときおり遠くでとどろく雷に白く浮き上がる。差し出したバスタオルも受け取らずに伊月の目を捕まえた瞳は、見たことがないくらい取り乱していて、どこで拾ったのだか、雨粒を絡めた睫毛はとてもきれいだった。
傘も持たずに飛び込んできて、森山は自分でも戸惑っているような表情で、詫びばかりを何度も言った。どうしたら良いか分からないというようにやたらとまばたきをする仕草も、弾みもせず深く響きもしない中途半端に空に浮く声も、およそ森山らしくなかった。
笑顔で報告してくれれば良いのに、と思う。あんなに欲しがっていた彼女ができたのだから。――伊月と森山は付き合っている訳ではないのだから。
「どんな子ですか」
伊月がたずねると、黙ってゆるく首を振る。走ってきたからか少しみだれた髪の毛と、泣き出しそうにきらめく瞳に、年下のような人だ、と思う。そのまま物を言わなくなってしまった森山の、何か言いたげにふるえる唇に欲情して、湿ったシャツの裾を引っ張ると、ためらったように身を引いてから、伊月より少し大きい体がやがてゆっくりと落ちてくる。
玄関から4歩も歩かない場所で、いつものように縺れ合って、この先もずっとこうしていられるような幻覚にしずんだ。色んなことの現実味は理性と一緒に胸から転がり出て、脱ぎ捨てた服といっしょに床の上で息をひそめていた。
森山がナンパを止めた、と聞いたのはいつで、誰の声でだったか、伊月は忘れてしまった。日常生活で、森山と伊月は遠い。遠いけれど風はうわさを運んできた。根も葉もないそれを伊月は信じた。ときどきふらりと会いにくる森山の態度が、おなじくらいの時期に、ほんの少しだけ色を変えたからだ。
普段の森山を伊月は知らない。酒に酔うとおもむろに哲学的なことを話しだす、セッ/クスの一番さいしょに唇に触れることは絶対にない、同じ学校の笠松や黄瀬はきっと全く知らないであろうそんなことは知っているのに、女の子を口説く姿も、教室に座っているようすも、伊月は見たことがない。
乾いた伊月の体にすり寄って、森山の冷たい体が少しずつ熱を取り戻していくのを感じながら、伊月はこれから森山の愛情を独り占めする女の子の姿を想像する。甘い声、甘い香り、甘い体、きっと伊月より。
彼女は黒髪かもしれない、と伊月は思う。森山は伊月の髪を唇ではむのが好きだった。でも、伊月の知らないところで森山は、黒髪よりも明るい髪の毛を好いているのかもしれない。
自分は森山のことをあまり知らない。今まで気にも留めていなかったそんな自覚が、泡のようにふっと胸の奥に立ち上った。顔を合わせればいつも相手の体ばかりに夢中だった。
森山に好かれていて、森山を好きな女の子。運命の人。絵空事のようなフレーズを、口の中で何度か伊月は呟き、舌の上で転がす。
いつもよりしめった唇が体のあちこちを探る。青白い色をした空気の中に、自分のものではないような自分の声が転げて消える。
また森山が何か言った気がした。同時に体の奥に熱いものがはじけて、震えが起こる、波のように寄せて重なる快感が、はち切れて防波堤を崩す。
伊月は固く目をつむる。
(だいじょうぶ……)
音が聞こえない、何もかもよく分からなくなる、その一瞬はいつもとても長い。ごめん、という森山の声の余韻だけが、鼓膜にじんわりと残っていて、やたらはっきりと意識の中に浮かびあがってくる。
自分は期待していたのだろうか、と思う。ナンパをしなくなったという森山に。分からない。森山のことを知らないのと同じくらい、ふだんの自分が分からなくなる。
伊月はつむった目の裏側に自分の「運命の人」を想像しようとした。――それはぼんやりとも浮かんでこなくて、まぶたのうらに、手をつないで街を歩く森山と女の子の姿ばかり、幸せそうにちかりちかりと点滅するのだった。