「生物と無生物のあいだ」福島伸一 | 大好きをいっぱい共有させてもらいたい。

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生物と無生物のあいだ、って本があるんですが、ご存知ですか? 福岡伸一さんの名著で、78万部以上売れているベストセラーです。 内容は半分も理解できなかった私ですが、文体が非常にシャープで切れ味が良くてなんだかわからないけどワクワクしながら最後まで読み切りました(笑) この本の中で面白かったのが、生物は遺伝子を残すためだけに生きているわけではない、ということ。 それから、進化っていうのは狙って起きるものじゃない、しかも、努力の結果、進化するもんでもない、ってこと。 どういうことかっていうと、弱肉強食、ってあるじゃないですか? 強いものが勝ち、弱いものは負ける。 環境に適応したものだけが生き残り、環境に適応できなかったものは淘汰される。 ここでポイントなのが、環境に適応する、って部分なんですよ。 【狙って環境に適応する進化は起こせるのか?】 キリンさんって首が長いじゃないですか? 高いところにあるものを食べたくて、先祖がみんな頑張って頑張って頑張って首を長く長く長くするために努力して努力して努力する。 その努力っていうのは、その生物単体には有効なのかもしれませんが、頑張った親から生まれた子供の首がだんだんと長くなることはないそうです。 例えば、あなたが首を長くしようと努力します。 その努力はあなたにだけは有効かもしれませんが、あなたの子供にはなんら関係ないということです。 DNAのレベルにはなんの記述もされないので、あなたの子供の首が急に長くなることはない、と。 進化、っていうのは、もっと突然変異的な遺伝子のバクみたいなもので、たまたま首が長くなる生物が生まれた。 その過程っていうのはどうなんでしょうね? かばみたいな生物から、しまうまみたいな生物、それからキリンみたいに首が長くなったのか? 完全にはわからないんですけど、ここで私が伝えたいことは、突然変異の遺伝子の“バク”がつまり進化だってことです。 あるものは淘汰され、あるものは生き残ってきました。 その長い長い歴史の中で、遺伝子を残せなかった生物はたくさんいた。 生物は多種多様な姿に変化し、今も突然変異を起こしながら、進化の途上にある。 でも、生物は遺伝子を残すためだけに生きてるわけじゃない。 ここが面白いとこなんですけど、生物は遺伝子を残すため“だけ”に生きているわけじゃない。 遺伝子を残したいものは残せばいいし、そうじゃないものは残さなくてもいい。 別にどっちでもいい。 福島先生曰く、「遺伝子は産めよ増えよと言っているわけではなく、むしろ自由であれと言っているのではないか」 この部分がやたらと心に残りました。 これを読んで私はなんだかすごく心が軽くなったんです。 子孫を残そうが残すまいが、どっちでもいいんだなぁ~、と(笑) もっともっと自分が、あなたが、面白いと思うことをドンドンとやったらそれでいいんです。 狭い人間関係の中にいたりすると(家族だったり、友人関係だったり、仕事関係、学校関係)そこの関係性が全てに思えて、そこから外れることを恐れたりしませんか? せっかく仲良くなった人と離れるのが怖かったり、一人になるのが怖かったり、そういうのは正直、あります。 でも、だからといって他人にあわせて空気読んで、他人のためだけに生きるってのもなんか違う気がします。 もっと面白く生きればいいんです。 でも、私はそういうのはどうでもよくて、(だってどっちにしろ実際のとこはわからないことの方が多いのです、仮説レベルなのです)つまらないこだわりが自分の中から消えたことの方が喜びだったんです。 なにに囚われていたのか? 今となってはわかりません(笑) でも、とってもつまらない発想をしていたなぁ、と感じるのです。 世界はもっともっと驚きと喜びに溢れている。 なので、もうつまらないこだわりや発想はどうでもいいや、と思うのです。(自分がつまらないと感じるものは、です) それよりも、もっと面白いこと、楽しいこと、喜びに溢れる方向に進んでいきたい、と改めて思いました。 なんだか私、いろいろ辛かったんだと思います。 なにがってわけじゃないのですが、辛くなる頑張り方をしてしまったんだと、思います。 だから、こういう風に感じたんだろうと。 なんでもかんでもつまらないものは放り出しちゃえ!ってのも、なんか違うなぁ、と感じるとこもあります。 今やるべきことは、今以上にレベルアップしてやってやるぞ!と思っているのですが、そこに喜びの発想を入れたいな、と。 なにか吹っ切れた感じがします。