こんばんは。
市川学です。
今日は、大雪の中、
我孫子で、キャンドル作り&クリスタルボウルヒーリング、
を受けてきました。
キャンドルセラピストの藤原みづほさん、
クリスタルボウル奏者のティアラさんの、
お二人のワークショップだったんです。
手作りキャンドルは、いいですよ~♪
すっごく簡単に作れたし、
我が子のように、かわいらしい♪
早速、今、今日作ってきたキャンドルに灯をともして、
すっごくいい気分でこちらを書いています♪
キャンドル作りは、初体験だったんですけど、
自分の手でいろいろなパーツをいれこんだり、
キャンドルが完成して、それを手に取った瞬間の、
あの手触りの感覚。。。
冷たいロウ、なんですが、
柔らかくて、暖かい感覚があって、
すっご~く幸せな気持ちになりました。
キャンドルの灯はとにかく暖かいですね。
蛍光灯の電気は消して、
キャンドルの火を灯して静かな時間を過ごすのは、
極上のリラックス時間になりそうです♪
ましてや、自分で作ったキャンドル、最高です♪
クリスタルボウルヒーリングでは、
私は、本当にすぐに寝てしまいました(笑)
多分、、、
3分以内には寝てました。。。
でも、やっぱり聞く前と聞いた後では、
体感として、呼吸が深まっているのを感じますし、
身体が軽くなっているのを感じました。
クリスタルボウル奏者のティアラさんから、
いつくかメッセージを受け取ったんですけど、
そのメッセージがなにかっていうと、、、
『貫く』
っということ。
『自分が本当に思っていることしか言わない。』
っということ。
で、今日は、
『自分が本当に思っていることしか言わない。』
っというほうに注目して書いてみたいんですけど、、、
あなた自身は思っていないのに、
言ってしまう言葉ってありますか?
私自身はパッと思いついたのが、
例えば、良いとされる言葉。
感謝だったり、良いことを言うと、
良い現実が引き寄せられてくる、とか。
そういうのって、ありますよね?
確かに、大切なことではあるんですけど、
本心で思っていないのに、良い言葉“だけ”使っていても、
な~んの意味もないと思います。
感謝とかも、本心では感謝、
っていう気持ちは湧いてきてないのに、
とりあえず感謝しておこう、とか。
そういうのって、本当にいらないです。
このことについていろいろ感じてみたんですけど、
親には感謝するべき、とか、
○○してもらったら感謝するべき。
目上の相手になにかしてもらったら、
感謝するべき、いろいろべき、ってあると思うんです。
本当に感謝の気持ちがあるんだったら、
感謝をするのは、本当に素晴らしいことだと思っています。
だし、感謝って幸せな気持ちになりますよね。
だから、大切だ、っていうのは思っています。
でも、、、
感謝出来ない相手に、無理やり感謝する必要なんてない、
っと感じます。
あんなやつに、感謝なんて出来るか!
むしろ、ムカつく!!!
絶対に、あいつにだけ感謝しない!!!
そのくらいの感情って、抱くこと、あると思うんです。
あなたはないですか?
でね、すっごく不思議な体験だったんですけど、
そういう、内側の本音の気持ちを感じ切ってみたときに、
自然と、感謝しようなんて思わなくても、
「あ、でもやっぱ感謝しよ。」
って、素朴に感謝の気持ちが湧いてきたんです。
すっごく不思議でした。
神秘体験でもなんでもなかったんですけど、
「感謝なんてしてない、むしろ恨んでる!」
くらいに感じている自分の感情を感じることを赦したら、
しぜ~んと、感謝の気持ちが湧いてきてしまった。。。
これは、いったいなんなんでしょうね?
キャンドルちゃんや、クリスタルボウルさんの、
すてき~な波動のおかげなのか、
雪で浄化の影響なのか。。。
だから、なにをお伝えしたいかっていうと、
どんな感情を感じる自分も全部、認めて受け容れる。
そういうことです。
例えば、ゆるせない!憎い!って感じていたとして、
そう感じている自分を、自分でゆるせないんですよね。
これが、悪循環の元、だと思います。
相手のことをゆるせないから、
自分のこともゆるせない。
憎い!って感じている自分を認められないから、
感情の行き場がなくなってしまっていると思うんです。
その結果、エネルギーがぐるぐるぐるぐる、
身体の内側で感情がいつまでも残り続けてしまう。
まずは、相手のことはどうでもいいんです。
恨んでる、憎んでる相手に、
感謝なんてしなくていい。
その前に、恨んでる、憎んでる、
自分がどれだけ傷ついたかを感じてあげる。
そこが、まずは第一歩、です。
誰かを恨んだり、憎んだりするのも、
自分が辛いはずなんですよね。
でも、
恨んでる、憎んでる、っていうことを認められなかったら、
自分が辛い、っていうのも、認められないっていうか、
自分の辛い感情も、どうにもならないですよね。
「自分はあいつのせいで傷ついて、
すっごく寂しかった、辛かった。」
その感情をわかってあげることなしに、
いきなり、全ての物事には良く目的がある、とか、
全部、感謝のパワーで浄化されます、とか。
いや~、無理無理(苦笑)
無理ですよ、それは。。。
だから、本当に自分だけは自分の味方でいる、
自分のことだけは、絶対に守る、っていうか。
エゴを守る、ではなくて、
自分の本質的な感覚、感情を守る、って感じなんですよね。
守る、より認める、ですね。
このあたり、難しいところではあるんですけど、
だから、本当は言葉ではなくて、感覚のみの話です。
身体の内側の、なんだかわからない感覚を、
見つめて見つめて見つめていくと、
根本、みたいなところにたどり着くことがあるんですね。
その感覚にたどり着いた時に、
一気に感情は解放されていって、
シュワシュワ~って、溶けていくんです。
そうしたら、勝手に感謝の気持ちが湧いてきます。
ほんっと、不思議体験ですね~。
自分の感覚だけが本物で、
自分の外の恨みの感情を感じさせた人間とかっていうのは、
全て幻で、あなたの内側の感覚を味あわせるために、
あなたが創りだしたのが、その人間なんです。
外側を変えるのではなくて、
内側の感覚を感じ切っていくために、
外側の現実がある、っていう感覚。
無力感を感じるような現実、
劣等感を感じるような現実、
無価値観を感じるような現実。
全部、まずは自分の内側に感覚があって、
その感覚が、外の現実を創り出している。
ちょっと、ぶっ飛んだ話しに聞こえるかもしれないんですけど、
例えばです。
同じ現実を見て、希望を感じる人と、絶望を感じる人がいます。
「ある人がリストラされてしまった。」
っという現実があるとしますよね?
AさんとBさんがいて、
Aさんはこう感じます。
「やっと会社から解放された。
ついに、念願の自分のビジネスを立ち上げることが出来る。」
Bさんはこう感じます。
「あ~、もう俺の人生は終わりだ。。。
家族になんて言ったらいいんだ。。。
俺は、誰の役にも立たない人間だ、
生きていても仕方がない・・・」
この違いはなんでしょう?
AさんとBさんの内側にある、
感覚が違うんです。
ちょっと極端な例だったんですけど、あなたも、
同じ現実に対して、あなたとは違う反応を示す人がいて、
それで、驚いた経験とかないですか?
きっと、ありますよね?
そう、だから、同じ経験をしたとしても、
私達はまったく違う世界に住んでいる、ということも出来ます。
一人一人が、みている世界、感じている世界、
全てが幻想で、あなたの人生はあなただけの世界なんです。
現実、って呼ばれるものは、全て幻。
あなたの感覚だけが、リアル、現実である、っていうこと。
この感覚を突き詰めていくと、
現実は全て自分が創造している、っていう、
そういう感覚にたどり着くはずなんですね。
私も、まだその旅の途中です。
正直、まだまだ、わかりきっていないところがあります。
でも、確実に、わかってきている、
っていうことも感じています。
そう、で、話しを戻すと、
恨んでいる人とか、感謝出来ない人に、
無理やり感謝なんかする必要はない。
感謝なんか意味ない、って書いたのは、
あなたの内側で感じている感覚、
奥で感じている、恨んでいる、辛い、さびしい、悲しい、
とか、そこの感覚がなにかはわかりません。
でも、その感覚を感じ切ることをしない限りは、
な~んにも、根本的には変わらない、っていうことなんです。
恨み、憎しみ、嫉み、とか、そういう感情って、
悪いもの、感じてはいけない感情。
そんな風な世の中の風潮とかある気がしますし、
特に、スピリチュアルの世界とか、自己啓発だと、
ネガティブはダメ!ポジティブが良い。
って、されていますけど、
それって、ホントですか???
一回、自分でよ~く感じてみた方がいいですよ。
ポジティブがいい、って誰が決めた???
すっごい斜にかまえた見方かもしれませんけど、
ほんっとうに、キレイごとだけのおままごと自己啓発、
おままごとスピリチュアルには、うんっざりしてます。
愛が全て、っとか言っておいて、
裏でなにやってるかわかりませんからね。
自分のことしか考えてません、
私はエゴのかたまりです、
そういう弱い人間です。
って言ってる人の方が、よっぽど信頼出来るっていうか、
だって、人間だれしも欲、ってありますからね。
心理学の世界でも、マズローの5段階欲求、とかってあって、
生存の欲求とか、生理的欲求、っていうのがあって、
その上に、他人に認められたい欲求とか、仲間が欲しい、
とかっていう欲求があります。
で、最後に自己実現の欲求みたいのがあるんですね。
エゴ、とか、本能の欲、っていうのは、
5段階の1番目とか、2番目の欲求で、
それは、なくしてしまう必要はないんです。
むしろなくしちゃだめ。
だって、その欲がなくなってしまったら、
食べ物を食べなくなる、つまりは死んじゃう。
寝ない、それも死んじゃいますよね。
性欲に関しては、直接自分の死にはつながらないですけど、
種の存続、という意味では、ないと困るものですよね。
住む場所、着るもの、なかったらどうですか?
ハダカで、この大雪の中、ポツンと一人で外にいたら、
凍死してしまいますよね?
そう、だから、人間の欲、エゴって、
なくてはならないものだって思います。
エゴ、っていうのも、
認められたい、とか、仲間と一緒にいたい、とか、
自分を生存確立を少しでも上げるための、
生存本能の進化バージョンみたいなものだと思うんですよね。
人間って、動物、の中では本当に弱いですよね。
だから、種を存続させて生きていくために、
必要なものだったはずです。
このエゴ、とか欲、っていうのは、
自分だけのエゴを満たす、欲を満たす、っていうと、
ちょっと話しは変わってくると思うんですよ。
「成功は欲望を呼び、欲望は破滅を呼ぶ。」
By 古美門研介(リーガルハイ)
っていう言葉もあるように、
エゴとか人間の欲って、時に醜いものです。
でも、だからといって排除するべきものではなくて、
ともに、生きていく、共存していくものだって思います。
「醜さを愛せ。」
By 古美門研介(リーガルハイ2)
そう、この視点が、絶対的に必要だって思います。
キレイキレイ、だけじゃ生きていけません。
害虫、って呼ばれる虫だって、
人間が勝手に害虫って呼んだから害虫になっちゃってますけど、
その虫も、生命の輪廻の中で必要な存在ですよね。
害虫を駆除したら、生態系がおかしくなる、
なんて話もありますよね。
人間のいろんな感情だって同じじゃないでしょうか?
ま、そうは言っても、
やっぱり美しい感覚、本当に心地よい感覚、
感謝とか、ワクワクとか、嬉しい楽しい♪
そっちの感覚をいっぱい感じていたほうが、
幸せだし、満たされている人生、って感じはします。
だから、そういう心地よさを大切にしたいです♪
本当の心地よい人生っていうのは、
ティアラさんの言葉にあったように、
『本当に思ったことだけしか言わない。』
っていう言葉に集約されているように、
どれだけ本音で生きることが出来るか?
っていうところにかかっていうような感じがします。
もちろん、本音で生きるからといって、
誰かれ構わず傷つけるような言葉を言う、とか、
そういうのは、違うと思いますよ?
なんでもかんでも人のせいにして、
それは、違うと思います。
それは、自分の内側の感覚を、しっかりと感じ切って、
それから発言してください、って感じなので。
一応、補足として。。。
で、そうやって内側の感覚を感じ切っていって、
ほんっとうに自分が表現したいことを表現していく、
っていう人生を送っていくと、幸せだと思います。
それが、究極の幸せじゃないかな、って、
今の私は感じています。
こうしてながながと書いてきて、
これを最後まで読んでいただけて、
本当に嬉しく思いますし、私は幸せ者です♪
本当にありがとうございます。
ステキな夜をお過ごしくださいね♪
P.S
キャンドルを見ながら、
至福の時間を過ごしたいと思います♪
ではまた~♪
P.P.S
あ、内側の感覚を味わっていくのに、
ヨガとか、身体を動かすことは本当に役立ちますよ~♪