こんばんは。
市川学です。
いきなり質問なんですけど、、、
『本当はやりたいけど、
出来ないことってありますか?』
なにか出来ないことがあったら、
あなたをとめている“何か“があるはずです。
その“何か”を見つけていけば、
意外とカンタンに一歩踏み出せる。
不安、恐怖、他人の目、抑圧してきた感情、
いろいろあるかもしれないけど、
まずは内側の感情を見つめていくことなんです。
怒り、とか、悔しい、とか、悲しい、とか、
罪悪感もそう、絶望感もそう、無力感もそう。
そういう感情が、あなたを止めてる。
本当はあなたには現実を創っていく力があるのに。
その力を思い出すことさえできれば、
容易に現実は変わっていく。
本当はやりたいのに、出来ないなら、
内側の感情を見つめていってください。
本当にやりたいことがわからないなら、
なんでもいいから、とりあえずなにかやってください(笑)
感情を動かしてあげて、
なににワクワクするのか、見つけてあげてください。
一番大切なのは、
『自分を赦してあげること。』
赦しは、究極の癒しです。
その前に必要なことが、
自分の感情に気がついてあげること。
自分の心の中の痛みに気がついてあげること。
辛い感情も受け容れてあげること。
その感情から逃げるのではなく、
真っ向から向き合って、感じ尽くしてあげるんです。
なにか出来事が起こった時に、、、
『何でそう感じる?どうしてそう感じる?』
『だって、○○のせいで、、、』
○○、に入るものはなんでしょう?
あなたがなにかのせいにしている限り、
あなたの人生は残念ながら動かない。
なぜなら、あなたはその現実を動かす責任を、
誰かのせいにして放棄してしまっているから。
厳しいですよね。
でも、だからこそ、
○○、を赦してあげる必要があるんです。
そして、そのためには、
○○、を見つけてあげる必要があるんです。
その○○を見つけてあげて、
その時の自分やあなたに痛みを味あわせたなにか、
人なのか出来事なのか、それを赦してあげる必要があるんです。
小さなところから、はじめてみませんか?
小さくても、あなたに今、出来ることには、
とてつもない価値があります。
例えば、
『電車の中で肩がぶつかっていらっとした。』
これ、
あなたのせいです。
そういう視点を持ってみてください。
イラっとしたままなら、そのまんまなら、ただの出来事。
でも、そこで、
『なんでイラっとするんだろう?』
この質問を投げかけてみてください。
『なんでだろうな?ぶつかられたんだから、
イラっとして当然だと思うし、俺のせいじゃない。
でもな、確かにボーっとしてたから、しょうがないのかもな。
うん、相手もわざとじゃないかもしれないし、
でも、ぶつかったらあやまったっていいよな。
そうか、あやまってもらえなくて、
大切にされてない、って感じたのかな。
あ、そうかもな。
大切にされてない、となんでイラっとするんだろうな?
あ、自分の価値が下がったように感じるんだな。
こんな出来事で自分の価値を下げるのは、
馬鹿馬鹿しいな、やめよう。
よし、俺はぶつかられる、
っていう出来事を引き寄せてしまった自分を赦すぞ。
相手のことも、もちろん赦そう。
ってか、こういう気づきを与えてくれたから、
むしろありがとうだな、感謝します。』
こんな風に、感情を味わってあげて、
一つ一つ丁寧に自分と対話をしていくと、
ただの出来事も実りある出来事に変わります。
本当は、もうちょっと先があって、
『なんでこんな出来事で自分の価値を下げてるんだろ?』
こんな質問をすると、
深ーい部分の癒しにつながっていきます。
それはともかく、、、
全ての出来事に、感謝することすら出来ます。
それが、どんなに辛い出来事でも。
それが、どんなに悲しい出来事でも。
それは、辛いとか、悲しいとか、
そういう感情を我慢するのとは違います。
感情は感じつくしてあげるんです。
その上で、ポジティブな意味づけをするか、
ネガティブな意味づけをするか。
そこは、私達の自由なんです。
そうして、自由に意味づけをし、
自分で感情や思考を選んでいく感覚がつかめると、
人生を望む方向に動かしていく感覚をつかむことも出来ます。
自分に向き合っていくことは、
時には、辛く厳しいこともあります。
でも、その先に、今まで隠していた、
あなたの内側の本当の力があります。
『あー、私はこれがやりたかったんだ。』
そんな感覚がつかめるのは、
あなたの本質につながった時です。
そのために、あなたの感覚に気づいて、
どんな感覚も受け容れて、赦していってあげる。
赦す、というのは最後のステップなので、
まずは、あなたの感覚に耳を澄ましてみてください。
日々、たくさんの気づきがあり、
思わぬ心の声にビックリするかもしれませんよ?
では、今日もお読みいただき、ありがとうございました。