縫いものno部屋

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*ばぁばと孫のリメイク教室。楽しんでいま~す

2026年1月25日

年末年始、子供達と孫が冬休みで集まり、賑やかな時を過ごしました。

この数年、相次いで私の両親(2人とも90代)が亡くなり色々と忙しくて最終編が遅くなってしまいました。

ごめんなさい🙇

 

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 「幸福の科学」の存在を教えてくれたのが、義兄だった。

義兄とは電話でよく話をすることがあった。

 

この地球は生命体である。なぜならそこに生きている生命があり、植物は動物が排泄したものを肥料とし、新鮮な空気を出し

動物に与えている。水もしかり。

流れる水も与え続けている。

人間以外は、与え切りの世界だ。

 

その中にあって、人間だけが私利私欲で当たり前のように生きている。すべての人間とは思わないが、多くの者達は自分の利益を中心に動いている。

自分中心に周りを動かそうとする心、自我我欲の人間の欲の深さに癖壁としている頃だった。

 

大川隆法主宰(1990年前後)の御著書は大手の本屋さんにしかなく、簡単には購入できなかったが、当時住んでいたマンション?の近くに有った本屋さんに数冊有った。5~6冊ぐらいだったと思うが、「○○○○の霊言」大川隆法著の意味が解らなくて、その手の本は一冊だけにして、「幸福の原理」大川隆法著「ユートピアの原理」大川隆法著「悟りの原理」大川隆法著シリーズ、「太陽のメッセージ」1・2等を購入した。

 

夜寝るも惜しみ、一気に読んだ。読み足らなくて当時電車で30分、徒歩で20分ぐらいの所に地方本部があり(御著書の一番裏に本部の住所が書いてあった)、そこのビルの7階にあった事務所?に行った。

 

恐る恐るドアを開けると、目の前に本棚があり、右側に受付があった。

そこで20冊購入し『太陽の法』は無く、義兄に送って貰った。

その20冊を寝る間も惜しんで夢中で夜通し読み、さすがに頭が痛くなったが、精神的には満足であった。(その頃は、誌友会員、正会員という制度で20冊読んで感想文を書き本部に送る。その頃はまだ宗教団体ではなかった)

そこに書いてある内容は、自我とは何か、与える愛とはどういうことなのか、『人を愛し、人を生かし、人を許せ』大川隆法著『仏陀再誕』大川隆法著を読んだ。

『主よ・・・』涙が溢れ、文字が涙で読めなかった。「

 

本を購入しに行った時に、正会員になった。

祈りの経文『真理の言葉・正心法語』頂いた。

 

義兄から送ってもらった『太陽の法』を読み終えた時、遥か彼方にある霊的宇宙空間にある何かと光ファイバーのような光で真っ直ぐに、カチッ!と繋がった。懐かしさがこみあげて来た。

「出会った!!!」何百転生?何千年転生?この瞬間を待っていた。遥か悠久の昔からこの時空を超えて待っていた。

思わず、本を抱きしめ笑った。この時は嬉しくて笑ったのだった。

確信などというような生易しい感覚ではなかった。事実の体観であった。

 

遥か昔、私はそこに居た!!! 

今までの人生の中であった幸福感など問題にならなかった。

「出会った!本物に・・・」魂の故郷。

これほどまでに大きな「愛」に包まれていたとは・・・

 

信じようが信じまいが、私たち地球人も宇宙の法則の中に生きている。その法則を解いて居られるのが、『幸福の科学』の創立者

大川隆法氏なのであること。

 

そこからが、私の本当の人生(使命感)の始まりでした。

1991年3月、「幸福の科学」は宗教団体になった。

当時の私は、宗教嫌いであったので、少しばかり抵抗があった。

が『宗教の間違いは宗教で正していきます』、つまり、自己変革と一緒で、自己変革や改革は内側(内面)からしか出来ない。

納得できた。

その表現の仕方が、宗教的に言えば宗教(信仰)という言い方であり、科学的に言えば宇宙のエネルギーの法則となる。

例えば、「原因結果」の法則、自己責任の法則。

その法則の中で生きているならば、学んだ方が得策というものだ。

 

教え『法』解りやすく説かれており素晴らしく、一流の人間しか相手にしてくれないだろうな~と考えていたので、耐えて様子を見ていた。

(解りやすく説かれてはいるが、実践は自分に厳しくしなければ結果は得られない)

 

この『法』が地球規模で広がったら、一人一人の個性が光り輝き豊かになり、素晴らしい地球になるだろうな、という事は想像できた。

が、現実には人間の自我がそれを妨げおり、素直さの重要性をしみじみと感じる。

 

あれから34年たった今、海外の信者さんが増えており、日本人の信者数を上回っているようだ。

精舎と言われる200名以上の宿泊者数が収容できる建物が日本全国で20件以上あり、支部と呼ばれる建物においての数は把握出来ていない。

 

エル・カンターレ大川隆法総裁の創立された、中高一環校の学園が栃木の那須と滋賀県(琵琶湖近く)に有り、私の孫たちも学園生として学ばせて貰っている。

 

振り返ると、何時も奇跡の連続の中で生かされて来た。

感謝です。

 

 

 

今後は、『主エル・カンターレ大川隆法総裁』の一転語と、私の経験を踏まえた内容のものを、投稿したいと思います。

参考にして頂ければ幸いです。

 

 

 

 

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