さくら道国際ネイチャーラン~地獄の先にあったものは~ | ちんちくりんのブログ

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ちんちくりんのマラソンの記録です。
2007年よりランニングを始めて、一時はかなり真剣にやっていましたが、そろそろ引退?!

これで最終話となりますので、お時間の許す方は
もう少しだけお付き合いくださいませ。
 
昨日アップした高低図にしたがって、話を進めていきたいと思います。
 
イメージ 1
 
 
深夜0時に153kmのエイドを発ち、
次のCPの172.6kmの白川郷に到着したのは、
昨日書いた通り、5時間後でした。
 
第4CP 172.6km(白川郷) 22時間48分経過
残り77.4km 残された時間13時間12分
 
19kmに5時間という、普通では考えらない時間を費やしています。
ハーフマラソンより短い距離に5時間って・・・。
どのような状態だったか、皆さんも容易に想像できるかと思います。
もちろん、この間は睡眠等はとっていません。
1時間に3.8kmほど進んだ計算になりますね・・・(笑)
 
 
今まで最遅だったのが、夜叉ヶ池のラスト10kmに2時間。
1時間に5kmという計算なので、それを大きく下回っております。
一体何をやっていたのか?
 
自分でもよく覚えてないけど、
歩いてしまったら間に合わないと分かっていたので、
ちょっと走ってみては、吐き気でしゃがみこんで・・
の繰り返しだったのだと思います。
 
そして、このあたりで、ふと時計を見ると、
タイマーが17時間で止まってる~!
きっと、布団の中でうなされていた時にボタン押しちゃったんだ。
 
でも、もう経過時間よりも、関門を時間で把握する
(朝5時半とか昼の12時半とか)ようになっていたので、
普通のデジタル時計に戻した。
関門を意識するとなると、その方がずっと分かり易い。
 
タイムを狙うランナーから、
制限時間ギリギリにゴールすれば良いという
“ハイカー”?に私がなった瞬間です。
 
いつもいつもレースで気にしてるタイムとの戦いは
このさくら道では17時間で終了しました。
 
 
 
そして、白川郷のCPで少し休んでいると、
スタート直後に、ゆっくりゆっくり走られているところを
ご挨拶して抜かさせていただいたyahooブログでおなじみの
topさんが入ってきたではないですか!
あれだけ、差をつけたはずなのに、
172kmで追いつかれてしまいました・・・。
 
しかも、私はフラフラなのに、topさんは元気元気!
スタート前にtopさん
 
「飛ばしたらあかんよ~。
ゆっくりゆっくり着実に進んでいけば、
必ずゴール出来るんやから。」
 
と言われた意味がその時痛いほど分かりました・・・。
こんなところで、こんな姿を見られて恥ずかしい。。
結局、スタートからピョンピョコと調子
に乗ってすっ飛ばしたウサギさんは、
172kmで着実に前に進むtopさんに追い抜かされてしまったとさ。
 
 
白川郷を出ると、次に目指すのは、最後のCP212km地点の
南砺(なんと)です。
 
お昼の12時半までに着けばいい計算です。
 
5時半に出発したので、あと7時間で40km進めばいい計算。
 
「フルマラソンより短い距離を7時間でしょ?」
「でも、ホノルルマラソンよりゆっくりじゃダメだ・・」
なんて言い聞かせながら走っていたら、
五箇山というとんでもない山がそびえたっていて、
なんと、ここの40kmに6時間50分もかかってしまった。
 
 
 
 
第5CP 212km(南砺) 30時間02分経過
残り38km 残された時間5時間58分
 
 
足が痛い・・。
膝の後ろが痛くて、立っているのもやっと。
でも、38kmを6時間弱ということは、
いよいよ歩いたら間に合わなくなる。
 
ここからは、ほとんど歩かなかった。
はたから見たら歩いてるようにしか見えなかったかもしれないけど、
必死に走った。
 
多分、キロ8くらい。
 
そして、ここまでの間に、いわゆる“大御所”全てにぬかされた。
前半、軽快に走っていたのを見られていた分だけ恥ずかしい・・。
さすが大御所たち。ペース配分が分かっている。
最初は遥か後方に居たのに、
こうやってキッチリ追い上げてくるのだから。
そして、その大御所たちに着いて行く力はもちろんこの私にはない。
 
でも、ここまで来たら、絶対にリタイア出来ない。
だって、150kmの時の方が
今よりもずっとずっとツラかったんだもん。
 
痛い足を引きずりながら、関門もギリギリクリアしてきた。
今、リタイアしたら、150kmの私に申し訳が立たない。
 
私の7年間のマラソン人生、DNSは何度かしてきたけど、
DNFはまだ1度もない。
 
250kmだからDNFしていいの?
ううん、5kmも250kmもつらいのは同じ。
 
走リ切れる自信がないのであれば、DNSをすればいいのだ。
ゴールをする自信があったからこそ、
私はスタート地点に立ったはず。
 
私のマラソン人生、どんな時でもDNFだけはしないって
大阪マラソンの時に決めたんだもん。
 
最後はこの思いだけだったかもしれない。
 
 
 
 
前半の60kmくらいで、暑さにやられてグッタリしていたところを
私が抜くときに、「頑張りましょう!」と一声掛けたことで
元気を取り戻して、そこから20kmくらい
私に一生懸命ついてきたTくん。
 
そこから先は、私が飛ばしちゃったから離れちゃったけど、
153kmのエイドで私が布団でグッタリしているのを発見してくれて、
「ずっと先に行ったはずの○○さんがなんでここに!?」
とビックリして声掛けてくれた。
 
そこからフラフラの私を連れ出してくれて、
お互い、ダメになりそうな時は励ましあいながら前半の天国と
後半の地獄を分かちあったTくん。
 
そのTくんが私より1分先にゴール!
 
 
そして私は・・・
 
4月20日 17時55分(35時間43分)
 
女子のビリという最高の栄誉とともに、時間内ゴール!!
 
 
 
 
 
 
イメージ 2
 
 
苦楽を分かちあったTくんと。
 
 
 
 
Tくんは、今年はお互い無理だったけど(笑)
来年は是非とも目標だった30時間カット達成してね!!
 
 
ということで、精神的にも肉体的にも
深い深い傷跡を残した私の250kmが終了いたしました。
 
 
初めから、無謀だと分かり切っていた私の初250kmの挑戦。
マイナスなことばっかりだったけど、
走ったことを決して後悔はしていません。
 
そもそも、私に250kmは向いていないということが
分かっただけでも大収穫でした。
 
ただ、その逆に、150kmまでなら勝負できるという、
強い自信を得ることが出来ました。
 
250kmはスピード勝負だけでなく、
経験と、体力の配分が物を言う競技。
私には、そのどちらもまだまだありません。
 
もし、次に250kmを走るとするならば・・
フルを安定して3時間5分、
100kmを8時間半前後で走る実力が伴ってから、
改めて、その時はスピードとスタミナで
もう1度250kmの30時間切りに挑戦してみたいと思います。
 
それまでは、初心に帰って、フル、ハーフ、10km、時々100km
という感じで、やっていきます。
 
とても長くなりましたが、これで私の初250km参戦記は終了です。
 
出発前から、皆様にご心配お掛けして、
さらに、最中はたくさのご声援をいただき、
本当にありがとうございました。
 
もっともっと強くなって、
元気にまた記事をアップしていきたいと思っておりますので、
今後ともよろしくお願いいたします。
 
 
※ずっとコメントを閉じさせていただいておりましたが、
最後なので、久しぶりにコメント欄を開かせていただきました。
 
叱咤激励、なんでもかまいません。
率直なご意見を聞かせていただけたら幸いです。