ADHDと家族 VOL.3 都合のいい子ども | ぽてなまの~と 【ときどきADHD話】

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「なまいき」で「なまけもの」な「ぽてたろう」のノートです。
日常のあれこれや、その日考えたこと、そしてADHDや発達障害についての「あるある」などを書いてこうと思います。

 

ADHDと家族 VOL3 都合のいい子ども

私の場合、ADHD由来の「この子はちょっと変わってる」というポイントが目立ち始めたのは幼稚園入園後からで、それまで家庭生活で特に困ったことはなかったようだ。母は私のことを「手のかからない子どもだった」と話す。「手のかからない」はADHDの対局にあるような言葉だが、肉体的な多動がないタイプのADHDはそんなものだろう。「静かに遊んでいなさい」と言われれば、1つの部屋で何時間でも静かにしている。大人にとって実に都合がいい。

 

●ワンオペ育児の空気を読む子ども
この頃、父は「ほとんど単身赴任」というほど地方出張が多かった。つまり母は、ずっとワンオペで一人っ子の私を育てていたわけだ。親子とはいえ、2人っきりの人間関係は煮詰まる。

 

 

ワンオペ育児といったら悲惨なイメージかもしれないが、うちの母は社交的で友達も多く、親戚も総出で私のことを「育ててくれた」というイメージだ。よく「よそのおうち」の家族レジャーに便乗させてもらっていたし、外食も多かった。そこで、

我が家の会食(外食)のルール。

  • 自分が食べたいものを選んで、静かに食べる。お子様ランチは禁止。
  • 食べ終わったら持ってきたもの(読みかけの本か自由帳)で静かに遊ぶ。
  • 話しかけられるまで、大人の会話に勝手に入ってはいけない

多動のないADHDの子どもにとっては文句のない待遇だ。なにせ「おもちゃ箱」は頭の中にある。本を読んでは妄想を膨らます。それがおもしろい。紙に書いたりしているうちに2時間ぐらいあっという間。飽きているヒマがない。

 

●ラーメン屋にツケがきく子ども

ちなみに、5歳ぐらいの私はこんな風に過ごしていた。

 

<鮨屋>

親がお座敷で会食している最中。1人でカウンターのすみっこに座って鉄火巻きを食べている。話しかけられるまで喋ってはいけないので、黙々と食べ、ときどき「はぁぁ」なんてため息をつく。

お鮨屋さんが「うまいか?」とか話しかけてくれて、鮨の話をいろいろしてくれる。特別に、小さくてカワイイ茶巾寿司を作ってくれることもあった。

食べ終わったら、そのままカウンターのすみっこで本を読んでいる。帰るときに親が私を回収する。

 

<中華・イタリアン>

私だけの別行動は許されない。料理はメニューの中から1品くらい選ばせてもらえる。運ばれてきた料理を大人と一緒に分けて食べる。食べ終わったら別の席(空いていれば)に移動して読書。シェフが厨房に入れてくれたり、サラミのシッポをもらったりして喜んでいた。

 

<ラーメン屋>

気が向いたときに1人で食べにいく。注文は餃子かタンメン(半分)。ツケで食べて月末に親がまとめて払う。家に帰ったら、母に何を食べたか報告する。「んもう、行ってくるよって、先に言いなさい」と小言を言われるが守らない。ラーメン屋の常連さんには、その店の子どもだと思われていた。

 

 

●なぜ暴れるのかわからない

この頃の記憶で、強く残っているのは2つ。

1つはデパートの床に転がって「買って、買ってぇぇ」と泣き叫んでいる子ども。「なんであんなことするの? 買ってもらえると思ってんの?」とか考えていた。 子ども特有の「キヤァァァァァッ!」という叫び声にも「なんで?」という反応。自分では出せない。もう、これだけでも子どもとして「ちょっとおかしい」のだろう。

 

もう1つは幼稚園入園の日。「なにこれ、みんな子どもじゃん! こここで私になにをしろっていうの?」。母曰く、「幼稚園の門柱にしがみついていやがった」。

いつも大人の中に子どもが1人だったので、自分が子どもであるという意識は全然なかった。