われわれを乗せた飛行機が、大地を目ざしてぐんぐん突込んで行く。

あわや、地表に激突!

という寸前、操縦士が渾身の力でもって操縦桿を引っ張ると、

見よ!

飛行機は、ふわりと機首を立て直して、滑走路に滑り込んだ。

これが着陸である。

 

ところが、この、最後の瞬間に操縦桿をグイと引く、

これが滅法勇気のいるものだそうで、

初めての操縦士なぞ、目をつむってしまう、というくらいなもんだ。

それを、側(そば)に控えた先輩が、

「引っぱれ! 引っぱるんだ、この馬鹿野郎! 引っぱるんだ!」

と絶叫しながら、棒でぶん殴るのだという。

 

夜の静寂を飛行する旅客機の操縦室では‥‥‥

(本文と絵は関係がありません)

 

さる、ヴェテランの機長の話に、

ある時、気流の関係で、操縦桿がテコでも動かない。

副操縦士、通信士、それに、二人のスチュワーデスまで、

(こんなことは、無論規約違反なのだが、そんなことはいっていられない)

みんなで操縦桿に取りついて、

ウンウン引っぱるのだが、動かばこそ。

窓硝子ごしに見える地面がどんどんせり上がって、最早これまで、

と観念したとたん、操縦桿がじわりと動いて、

九死に一生をえたのだという。

 

みなさん腰が抜けたようになって、しばらくは立つことができなかった。

ジェット旅客機なんぞといっても、

ふっふ、とんと野蛮な話ではございませんか。

 

 

ー伊丹十三・著 「ヨーロッパ退屈日記」から(1965年)ー