2015年9月21日(mon)

 

JR三厩駅から自転車でやって来た、憧憬の地・龍飛埼灯台。灯台のすぐ下には広い駐車場が整備されバスで訪れる団体客も多い。しかし彼らの多くの目的は、岬の先端から北の大地を眺めることだ。(写真/駐車場のある南側から灯台を見上げる)
 

 

龍飛埼灯台は、毎20秒に2閃光する群閃白光。光達距離は23.5海里(約44㎞)。高さは13.72㍍。海面から塔火までは119㍍。初点灯は昭和7年(1932)。管理は第二管区海上保安本部。(写真/正門から東北面を望む)
 

 

正門側は龍飛崎の展望台に続く道沿いにあるため観光客が引っ切りなしに灯台をバックに写真を撮っているが、わざわざ敷地の中に入って来てまで、反対側から灯台をみる人は少ない。平成18年(2008)に無人化されるまで灯台守が住んでいたことも関係しているのか、敷地は結構広い。

 

 

龍飛埼灯台は日本の灯台50選に選ばれていて、それに相応しく大型フレネルレンズが設置されている。遠くまで照らすことから、津軽海峡を運航する船の安全を見守っている。映画「海峡」には改築前の灯台が映し出されていた。かつては津軽海峡を行き来した青函連絡船もこの灯をみつめていたに違いない。

 

 

本州の西、津軽半島の先端にあって交通の要衝に立つ龍飛埼灯台は、昭和でなく明治時代に初点灯でもおかしくない。そんな疑問を抱きつつ緑青を帯びた銅板のプレートを写す。


 

しかし龍飛埼灯台の敷地には何やら色々な施設がある。形から想像するに、地下に通じる階段もあり(写真左)、興味をそそられる。もし地下に何かの部屋があるとしたら、一体何があるのだろう。実は灯台の隣には陸上自衛隊の竜飛警備所があって、日本の防衛を担っている。もしかすると、そんな関係の施設があるのかも。そんなミステリアスな想像をしてみる。
 

 

灯台の西側には、何かの観測施設と思われる施設がある。これが気象庁のものなのか、国道交通省のものなのか、電波を管轄する総務省のものなのかはわからない。しかし、この本州の成れの果てが各省庁にとっても重要な場所であることは想像に難くない。

 

 

灯台の壁は、地中海に面するヨーロッパ諸国のように真っ白く、そして美しい意匠を醸し出している。多くの観光客が押し掛ける場所だからこそ、こうしたデザインに予算を掛けることが可能だったのだろうと、穿った見方をしてみる。

 

灯台のある場所から南を望むと、そこにはかつて青函トンネルの本州側の基地があった広大な土地が広がる。建設が盛んな頃はこの場所に、プレハブの工事事務所や宿舎が、いくつも連なっていたのだろう。辺鄙な龍飛崎が、唯一栄えた時代。そんな時代を私は知らないが、龍飛埼灯台はきっと、今も覚えているはずだ。

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