ミャンマーで大地震が起こって、知っている子はみなクーデター後に死んでしまったけれど、農村部は未だに手つかずのようだし、胸が痛い毎日である。
日本だって、いつ巨大な地震が来るかもしれない。その時、私はこの人たちを避難させなくてはいけない…だろうが、私も大して年が違わないから、「各自、自分でどうにかせい。」と言ってある。
こんな時、死んだぽたらかの仲間に会いたいなあと。若い者は頑張って生き残って欲しいけど。年寄りは覚悟を決めるべきだ。
15年前、救急搬送されてそのまま入院。気道切開&人工呼吸器つけた多田さんという寮生を最後と思い見舞ったら、自分で呼吸器を外して、「もう、もう一度ぽたらかの美味い飯を食って死にてえ…。」と言ったので、最後を看取るために連れて帰ったら。それから5年生きた。
本当の最後に、「しお、塩むすびが食いてえなあ…。」と。死に際にでかい塩むすびをペロッと食べきって。死んだ。
ぽたらか史上一番可愛いよえっちゃんは、若い時はきつい性格だったなんて話を聞いても絶対信じられないほどの多幸症の認知症だった。それが右向いて左向いたらもう忘れるほどの見当識障害で、目の前にあるトイレを出たらもう自分の部屋が判らなくなるほどで、ほぼ毎日のように大捜索する。「わすの頭を挿げ替えてくんろー。」と私に抱き着いて泣く可愛いじいちゃんだった。
散歩中に大型犬を撫でようとして噛みつかれたあるじいちゃんは、「おれが悪かったんじゃ、酒臭い顔をいきなり近づけたから、ワンちゃん処分されたらどうしよう。」としょげていたから、「大丈夫だよ。鼻の穴が二つから三つになって、息の通りがよくなったから喜んでいるって、飼い主に言っとくよ。」と励ましてやったら喜んでいた爺ちゃんもその後失踪した。
共同墓地にすでに40人。一宿一飯を含めれば五百人近くの仲間と出会っては別れ、分かれては出会い。今じゃあの世の方がにぎやかになってきた。
まあ、何が起きたって、なるようになるさ。
