仏教で言えば、動物霊は低級霊とされるが、神道では単体で神様である。人間との間に差はない。
人霊をお祓いしたら、ちょいと肩に乗せて、こういう霊山に登る。人間の重さじゃないが、結構ずっしりくる。
70代の婆さんにはいささかきつい。頂上を見渡せるところまで来たら、『はいよっ、ご苦労さん!』と、頭上に爽やかな風が吹き抜けたかと思うと、ふわっと軽くなる。お山を守護する眷属様がくわえて持っていってくださったのだ。
狸にも助けられたことがある。狸は農作物を食い荒らさないし、里を守ってくれるのに人間は結構冷たい。恩師が危篤だと知らせを受けて、まず守護神の狸様に先に行ってもらって、私は後から行ったら、奇跡が起きて病状は回復して、私を見るなり、「来たわよー、貴女が送ってくれたんでしょー。狸様。おかげで病院中大騒ぎよ!」こっちがびっくりした。
先日、息子がとある事故物件に住まいしているので、三峰神社の狼様に行ってもらったら、そのことは内緒にしていたのだけれど。帰ってきて、「不思議な夢を見た。石段に灰色の人間のようなものが這いつくばって、ぎょっとしたら、それが狼だと気が付いて、その狼の視線の先をみたら、変な気持ちの悪い婆さんが、ものすごい形相でその狼を睨んでいた。」と話した。
その婆さんはそこで半世紀も前に被害妄想で自殺した人だったらしい。
そういう動物神を送る方法は、なんのことはない。『行って。』とお願いするだけである。あと、ぜひ叶えたい願望は、1年前に死んだ愛犬チョウちゃんの生まれ変わりに出会う事である。しかし、最近は彼女は犬とは思えないほど、利巧すぎていたから、おそらくもう犬界には生まれかわることはないんじゃないかなどと思うようになってきている。人間界に生まれ変わって、できるなら孫として出会いたいものだが…。(無理か。)
仏教でいえば、『悉有仏性』全ての存在に仏性があると。神道なら草木石、動物また自然現象に至るまで、神である。とするなら、愛犬チョウちゃんも神に遣わされたんだろうなあ。生きとし生けるものは大事にしよう。いつかは、守護神となる。
ところで、関東近郊で保護犬を再び飼うことが難しいので、これから岡山県の保健所に行くことにした。
