無政府主義者の和尚さんなら、息を引き取った瞬間〈スッポーン〉と宇宙に飛んで行っているだろうから、供養なんぞいるもんかと思っていたけれど、33回忌は流石に念仏でも…と、でも案の定すっかり忘れていた。お骨はインドのガンジス川に多くは流していたし、小浜で墓を建立するからと檀家に頼まれて、少しばかりを分骨して渡していたが、行ってみると骨壺が散乱し、骨はネズミに食べられて、墓なぞはどこにもない。和尚さんなら「おや、あたしはネズミの供養になったんですねえ。そりゃあ、けっさくだ。ホッホッホー。」と笑っているだろうから。ましてや、この私が供養してくれるなんて、期待もしていないだろう。
もう、40年くらい前になるか。寺に逃亡中の活動家2人をしばし匿っていたことがある。寺にいるのだから坊主の格好をしていれば、疑られないし、山寺だから誰も来ないし、彼らは結構自由にしていた。ある日、彼らが酒を酌み交わしながら、和尚さんに長年の反戦運動の原動力は何かと聞いてきた。和尚さんは「私は弱虫でね。痛いのが嫌いなんですよ。」と切り出したから、「そう、注射打たれるだけで痛い痛いと大騒ぎするんですよー。」と私。「ホッホ。だから、人が人に暴力やましてや殺人を犯すことを見過ごすことができないんですよ。それだけですよ。」
彼らは半年ほどいて、寺を去っていった。そして、その10年後、ぽたらかの活動が全国紙に扱われて、私のことを知った彼らの一人が電話してきてくれた。「やっと、僕らは時効が過ぎて、自由の身になりました。僕は田舎に帰って百姓になります。もう一人の彼は本格的に出家して、修行に行っています。」と、教えてくれた。
結局、私も和尚さんも彼らが何をして、逃亡の身になったのか、何も聞かされていないし、知ろうともしなかった。でも、確実に彼らは和尚さんから大きな影響を受けたのだろう。暴力で平和は得られないという…。
