たくさんあるぬり絵の中で迷った挙句、やっと色をつけたのが、この1枚。しかもいちごとチョコレートケーキ(?)だけ。「何でもいいんだよ。思う色で塗ってごらん。いちごは赤と決まったことじゃないし。」と言ったんだけれど…。
彼は知的障害があるようだが、障碍者申請をした形跡もなく親の事・出身地など絶対話そうとはしない。おそらく、学校も行っていないんじゃないかと思われる。一桁の計算はできるし、数は30まで知っているし、カタカナとひらかなまでは読めて自分の名前くらいは書ける。何より、お母さんが不憫に思って、服をきちんと畳むことを躾けている。だから、いつも風呂から出たら濡れた体でその場に正座して、洗濯する脱いだ服を畳み始める。生きていくに本人は不自由を感じていない、
ぽたらかには過去に大学卒はいたし、財閥の御曹司もいたし、大企業の元社長もいた。その同じ割合で文盲もいた。
赤ちゃんの時、親に見捨てられてたまたま育ててくれたのが、やくざの親分だったーという35歳の男性は身重の彼女と二人できた。彼女は他の女子寮に入り、彼はもうすぐ父親になるので、子供に馬鹿にされないよう読み書きを教えてくれと、私に頼んできた。私は元々不登校児だったので、あまり人に教えるような学識はない。だから、簡単なデッサンとか絵を教えることにした。彼は視野が狭く、短絡的な発想をするので、観察力想像力をつけさせようと思ってー。
まずボールを一つ置いて、「これを書いてごらん、」と言うと、やはり一本の線で丸を書くだけ。「影をつけたら球体になるよ。」と物を観察することから教えてみた。最初の頃の彼はずいぶんと尖っていたが、『勉強することは楽しい』と穏やかになっていった。ところが、翌月赤ちゃんが生まれて一緒にアパートに住むようになったとたん、奥さんが赤ちゃんにかかりきりになるのに嫉妬して、奥さんに手を上げるようになった。彼女も暴力が子供に向いてしまわないか心配して、離婚することを決意したそうだ。わずか1,2カ月の絵画教室じゃ、情操教育の真似事にもならなかったのだろう。
10年前までは、私はよくカンボジアやミャンマーに行ったが、日本の小学校にあたる寺子屋はどの村にもあった。大概、読み書きと計算だけだ。少なくとも音楽や絵画などの情操教育は教えていない。でも、これからの成熟した社会を担う子供たちには、これは必要なことではないかと思う。そりゃあ、パソコンでも絵画は描けるが。物事をよく観察し、他人の表情にも喜怒哀楽だけではないことも学び取る力が芽生える。
うちのY君は、今更情操教育でもないから、「うんいいよ。よく描けたね。」とこれで褒めておく。
