四国遍路は遠い幻… | ぽたらか

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ぽたらかは20年の歴史を閉じます

 最初に四国遍路に出たのは、もう50年も前の事。

まだ20歳過ぎたばかりで、白衣に菅笠のいでたちで歩いていると、自分でいうのもなんだけれど、可愛くて…。「おへんろさーんー。」と叔母さんが自転車必死にこいで、追っかけてくる。「あんた、足が速いね。ほれ、これ接待。」と。レジ袋にいっぱい詰め込んだ、パンやら菓子やらジュースやら…。びっくりしてると、「接待と言ってね。お遍路さんに施しをすると自分も回ったように功徳があるといわれるんだよ。」

 讃岐や阿波の国ではそんな経験がないが、土佐では店で買い物をしていると、店員さんが買ってないものまでかごに入れて、「お客さんが接待だって。」他のお客さんまで次々と入れてくれて…。車には乗せてくれるし、同じように歩き遍路の仲間もできて、本当に楽しかった思い出がある。

 難所の焼山寺では、今から登ると日が暮れるから危ないよと麓で止められたのに、強行してしまって下山中、足を滑らせて崖をずるずると落ちてしまったことがある。幸いに落ち葉に埋もれて怪我はしなかったけれど、やっとの思いで這い上った時には、真っ暗闇だった。さすがの私も恐怖にかられた。すると、一匹の白い犬がひょこっと現れて、まるで付いてこいというように時々私を振り返りながら、麓の村の灯りが見える所まで先導すると、ふいっと姿を消した…。

 その後、道中で知り合った歩き遍路仲間と話をしているとほとんどの人がその白い犬にあったと言う。お大師様の犬ー別に神々しくもないごく普通の雑種だったけれどー。

 それから20年くらいして、2度目の四国巡礼では車中泊で車で走破した。流石に車では御大師様の犬には巡り合わなかったけれど…。

 そんな話を聞いて、息子がコロナ前に遍路に旅立った。讃岐・阿波・伊予ではお接待というほのぼのとした嬉しい経験はなかったし、肝心の御大師様の犬には会わなかったとしょげて帰ってきた。(頑丈な男だから、手を貸す必要もなかっただけかも)でも、確かに高知に入った途端にみんな親切にしてくれて、よかったーと。

 そしてこの度、二度目の四国巡礼に出てきた。ところがである。今回は逆打ちで始めて、讃岐・伊予と巡っていくうちに、まず遍路がいない。観光バスで巡礼ツアーで巡る団体はあるけれど。梅雨前という季節だからかと思ったが、そればかりではないらしい。遍路宿は閉鎖され、野宿もさせないばかりか、休憩所で休んでいると警察に通報されたそうだ。札所で遍路が勝手に休憩所で休んでいると…。警察は勿論取り合わなかったらしいが。

 もっとも、ある札所で新たに鐘楼の鉦を一回撞いたら百円支払いを求むという張り紙を見て、隣の地元のおばさんと息を合わせたように、「このやろう!」とつぶやいた時、一体感が生まれてちょっと嬉しかったそうだが。

 流石に高知はそんなこともないだろうと、山を越えようとしたら、足が急に痛くなり。携帯の電波が切れてしまい、逆打ちなので案内表示もなく、このままでは遭難すると思って、松山市内に戻ることにしたらしい。すると、足の痛みは消え、携帯の電池も切れてなく…、一体なんだったのだろうと。ただ、これはこれ以上旅を続けてはいけないのかもと思って、帰って来たそうだ。

 それが、御大師様の犬が導いてくれた結果じゃない?

 四国88か所って、昔から決まっていないらしい。神仏習合が禁じられて、神社系は番外になったり、他宗派の寺もあったのだけれど、それも番外で観光コースから外れ…。だから、番外の方が興味深いところが多い。しかし、それにしても、お接待の習慣がなくなったのはもとより、歩き遍路が歩いているだけで通報されるようなことになって、四国巡礼の文化も消えてしまって、御大師様と眷属の白いお犬様はもう、四国にはおられないのじゃないかな。

 日本文化って海外観光客のための小芝居なのか?