我が師僧 無政府主義者高田良幻
「わたしゃ、仏教は嫌いです。」「あなたね、一遍上人の弁証法哲学はマルクスやヘーゲルなんか、問題じゃない。」
初対面の私にいきなり、これだ。そもそも、時宗の本山で修行していた時、老僧たちが「あんたのような者の師僧はあの人しかいないだろう。小浜にいってみなさい。」と異口同音に勧められて、訪ねて行った時。
本堂の床が抜ける程に積まれた蔵書の中に仏教書が1冊もないことを知り、そのことを聞いたらこの返事が返ってきた。
(さすがに変わっているな。)うきうきして、直ぐに弟子入りを志願した。和尚さんはひどく喜んで、この他に四ヶ寺を兼務している。みな小屋みたいなもんだが、今総代たちを呼ぶから…。と言って、総代たちを集めて来た。「そりゃ若い人が来てくれりゃ、うれしいが、そのうち嫁さんでも貰って子供でも出来たら、五ヶ寺合わせても檀家は20軒ほどだし、とても生活ができないし。」などと言い出す。「あの、私尼僧ですけど…。」これには和尚さんも含めて全員びっくりしたようだった。「それなら、まあだいじょうぶか…。」なんで大丈夫かはわからないけれどー。そんなわけで私はこの和尚さんと以後10年間共同生活をすることになる。
この時、和尚さんは満で八十八歳。本山の老僧たちは介護の心配をする私に「なーに、どうせすぐに死ぬさ。」と言っていたけれど、なんのなんの、私が行く前に裏山の杉の枝打ちを一人でやっていて木から落ち、暫く意識を失っていたそうだ。朝、檀家がお参りにきて発見されたそうだけれど。「いやあ、あの時誰も来てくれなかったら、今頃満中陰でしたね。」と笑っていた。笑っている場合か、と私はすぐに檀家の一人に手伝ってもらって病院に連れて行った。レントゲンを撮ると確かに折れている。しかし、医者も医者だ。「骨は鍛えられないが、筋肉は歳を取っても鍛えられる。大黒柱が腐っても襖がその役割を果たすようにだ。」と言って帰された。その日から和尚さんは毎日乾布摩擦で鍛えて、半月で骨折を克服した。少なくとも人間じゃない。
この写真の和尚は仙人みたいに白髪をのばして厳しい顔をしていたが、直ぐに私に丸刈りされて笑顔の素敵な好々爺となる。なぜ、丸刈りにしたかという話は後程。初対面で総髪にする理由を聞いたら、「主義者というものは大概こうだから。」(結局形から入るんかい!)
こんな化け物和尚の生涯は1冊や2冊の本で言い尽くせるものではないが、世界各地で止むことのない戦争が繰り返されている今だからこそ、和尚さんのことを少しでも書き記しておかなくてはと思い、しばらく連載になるかと思うがこのブログで綴ってみることにする。
『大義名分のある戦争なんかないんですよ。』良幻
