昨年9月6日、末期がんのDちゃんが亡くなって、その部屋に10月中旬から私が寝るようになった。その日から11時にテレビを消して床に着くと決まって深夜1時にまた、テレビがつく。隣のHさんが、「先生が来る前から、Dさんのテレビが勝手につくんだよね。」と言ってたから、その時は「多分、誤作動じゃない?」と怖がらせないように言っておいたけど。
私の部屋がリフォームされて、別棟の2階に移動した時、Dさんのテレビはそのまま持って行った。すると、やっぱり、同じく毎日、消しても消しても深夜1時にテレビは自然と着く。Dさんはテレビが好きというより、エアコンが好きみたいで、具合が悪くなったら知らせるように、ナースコールをつけておいたら、度々深夜鳴らす。「どうした?苦しいか?」「エアコンがない。」大概それだ。布団の中に見つけたら、大事そうにそれを抱きしめて、寝る。
やっぱり、Dさんの霊?「いや、そんなはずないだろ。ただのテレビの誤作動だろ。」と息子がメニューボタンをいじくっていると、録画機能がないのにリモコンで毎日1時に予約されていた。なーんだという事になって、いや待てよ。「いつから予約が始まっている?」ずーっと遡って、2023年9月22日。ぞっとした。Dさんは死んでいるし、私が入る前だし。テレビの誤作動ではなく、まさかの心霊でした。この様子じゃ、1年は続くかもしれないから、コンセントから抜いて寝ることにした。
その部屋には、一緒に私たちと住む予定だった服部君という爺ちゃんが、レビー小体型の丹ちゃんが入る施設を丹ちゃんが涙を流していやがったため「じゃ、わしが入ってもいいよ。」と、茨後の施設に入ったところ、入所直ぐに誤嚥性肺炎で亡くなった。施設からその話を聞いて区に相談をして、遺骨を引き取ることにした。Dさんのお骨とともにぽたらかのお墓に入れてやろう。その間、服部君のお骨はDさんの部屋に安置していた。ある日、誰もいないはずのその部屋から、派手に何か落ちる音がした。二階に上がると壁時計が落ちていた。あれ?服部君何か言いたいことがあるのかな?と位牌を振り向くと、「いけね!名前間違っている。」紘が鉱になっていた。慌てて直すと、もう異変は起こっていない。
そして今から15年くらい前の話。当時のぽたらかの1階に雑魚寝していた時の事。それは憎たらしい糞爺が入ってきた。こなきじじいそっくりなので、こなきじじいと呼ぶ。本名は忘れた。立ち上がることもできず、尿意も便意もない。その代わり、口だけは達者で。朝といい、夜といい、おむつ交換をする私たちに「早くしろ!」と暴言を吐く。私にまで「わしを裸にしてどうするつもりだ。この糞婆!」と言いやがる。どうするも何もおむつ交換してんだろうが!
そのこなきじじいが入院した時、退院後についてのカンファレンスに呼ばれたので行こうとする私に、みんなが口をそろえて「もう二度とあいつ、受け入れないで断ってくださいよ。」と念を押された。
その旨伝えると、「そうですか。残念ですね。今までこの方は弟さんの介護看取りをされてからは家がなく、宿泊所を転々とされていたようなのですが、うちに入院する度にどこへ帰るの?と聞いても帰る場所が言えなかったんですよ。それが今回ははっきりとぽたらかに帰りたいというものですから、みんなびっくりして…。」
それを聞いて私は。「…。じゃ、帰ろか。」もちろん、ぽたらかの連中はそれはもう、がっかりしていたが。
しかし、帰ってきても彼は見事に態度を変えなかった。最後の最後まで。憎まれ口をたたいて死んだ。こなきじじいの火葬には親戚が立ち会って、何もしてやれなかったのでせめて遺骨をと、引き取って行った。
そしてその晩、やれやれと私たちは祝杯を挙げていた時の事だった。二階に上がる外階段は鉄製なので、音がうるさい。なのに、黒い影がゆらゆらと音もなく上がっていくのが見えた。それは全員見たはずだ。その影は二階には誰もいないとわかってか、下へ降りていき、戸口の向こうで頻りに頭を下げていた。明らかにこなきじじいだった。
「なんだよ、頭を下げるんなら、生きているうちに下げやがれ!」誰かが、その影に向かって怒鳴りつけた。その影は益々恐縮して、頭を下げながら消えて行ったー。
そんな、要領悪い男たちの可愛い(いや可愛くはない)しかし、決して怖くはない、ぽたらかの怪談話である。(まだまだ、いっぱいあるが)