未来の者たちへの責任 | ぽたらか

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ぽたらかは20年の歴史を閉じます

16日に警察に保護されてきた人。歩行困難。小学生から働いているらしいけど、独学で新聞も読める。でも誕生日は一度も祝ってもらった覚えはない。満80歳の誕生日を26日に。固いチョコレートケーキになってしまったけど、泣いて喜んでくれた。

 

先月25日には岐阜市で81歳のホームレスが複数の男たちに石を投げられ死亡。13日には兵庫県三田市で農機具小屋に死後4,5日経ったホームレス男性の遺体が、これは病死であろうと思われる。

無年金のワーキングプアの中高年齢者が外出するなと言われても、スーパーには買い占めで食べるものがなく、そもそもお金もなく、新型コロナ感染に関係なく益々孤独死が増えるだろう。

 

籠る家もなく、あっても金がない、いわゆるホーム(家=家族)レスの人たちは世間が外出自粛すればするほど、発見が遅れる。なぜならば、慈善団体も見回り活動を自粛せざるを得ないからだ。

 

だから、週末になると警察から高齢のホームレスを預かってくれと依頼が来る。といっても、そう度々部屋も臨時ベッドも空いているわけではないので、断ることが多いのだけれど、本当に心苦しい。

 

昨年の台風19号は傍の荒川が危うく決壊しそうになったけれど、かろうじて免れた。その時河川敷テントの人を3人ばかり保護をしたけれど、この新型コロナの災難はどこをどうすればいいのかわからない。

 

東京都は徳川家康が江戸開府してから、利根川の流れを変え、荒川の治水工事は徳川三百年間にわたって治水に始まって治水に終わる歴史だった。

 

三十年前、私は郷里岡山には人形峠というウラン鉱があることから、丹波にも戦争中、ウランを採掘していたところがあることを知り、そこへ行った事がある。地元でウランの採掘をしていたという古老に偶然出会い、話を聞くとそこで働く鉱夫たちはウランのことは何も聞かされず、やけどをしたように手がただれたり、病気になったりするので辞める人が続出し、数年で廃坑になったという。その場所を聞いて行ってみたけれど、確かなことはわからない。近くの民家で聞いてみた。

「そこにはもういける道はないよ。でも、そこは廃坑になってから、ダムを建設する話が持ち上がってね。そこで働いていた人が一人で穴を埋め戻したって聞いたよ。」

「えっ?それはなんていう人ですか?今も生きていますか?会えますか?」

「いや。詳しくは知らんけど、森林組合で働いていたと聞くから、そこへ訪ねて行ってみたらいい。」

私は早速森林組合の事務所に行っみた。当時の組合長が詳しくその人を覚えていて。

「ああ、〇〇さんか。よく知っているよ。結局ダムは建設されなかったんだけれど、〇〇さんはダムができるとウラン鉱から流れる水が下流の人たちの生活用水になるから、危険だ。鉱夫として携わった以上、あれを埋め戻さなきゃっていってよー。そりょあ、来る日も来る日も毎日、石や土砂を小さなネコ車で運んで5年間よ、あんた信じられる。偉い人だよ。」

「その人に会えますか?ぜひ会いたいです。そんな人なら新聞ぐらいはのったでしょう?」

「いや、〇〇さんは平家の落人の子孫だっていってねえ。あの人の家は大きな屋敷なんだけど道がないのよ。今は年を取って町に住む娘さんの所に行っているらしいけれど、詳しくは知らねえ。そりゃ、平家の御血筋だから自分のことをひけらかしたりしねえよ。ただ、これは自分の責任だっていうだけさ。」

すごい人がいる。

 

東京都民を水害から守ってくれた徳川幕府の治水工事も、この平家を先祖に持つ方も、その気の遠くなる行動の原点は、ただ、『未来の者たちへの責任』である。

 

他者へ対する思いやり、配慮。そういったことを先人たちは教えてくれたのではないだろうか。

感染しないさせない気配り。買い占めしない、ないときは分け与える。

 

私たちでも出来る『未来たちへの責任』を守ろうではないか。