MYATTHU のその後 | ぽたらか

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死に場所を求めて、MYATTHU はミャンマーのシャン州のお寺に行った。

4年前のある夏の日、私はいわき市の庵で草刈りで疲れたので、ついウトウトと昼寝をしていた。

窓から差し込む日の光に逆光となって影が浮かび上がった。隣に若い男の子が寝ている。腕枕をしていたようで、あごにその子の髪の毛がくすぐったい。寝ぼけていたのか?うちの子は今、ここにはきていないぞ?これは誰?

 

それから間もなく、ミャンマーから電話があった。ミャンマーに帰ったMYATTHU だった。

「弟が白血病になった。助けてほしい。」それからの出来事はMYATTHU の言葉でブログにまとめてある。

 

あの時の男の子は弟のポンタかな?と思ったが、ポンタは10歳で死んだので横に寝ていた男の子は背丈が167cmの私と変わらなかった。その後、私はそれがMYATHUであることを知るようになる。

 

MYATTHU はヒューマンレトロウイルスによるHAMという難病で、もはや歩くことはできない。正直予後は非常に悪い。親類たちはHIVと同じ病気だと思っているから、食事の差し入れもしてくれないという。

だから、私は「前にシャン州のお寺に入った時が一番楽しかったと話してくれていたでしょう?

シャンのお寺に戻って、人々を救いなさい。なに、何度も死にかけて今も奇跡的に生きているんだから、あなたにはそういう力があるんだよ。何もしなくていい、苦しむ人が居たら、自分のように一緒に泣いてあげなさい。それだけでいい。」とメールした。

MYATTHU は、「ボクノユメデス。」「シャンワニホンミタイ。ニホンニイケナイナラ、シャンニイキマス。」と喜んでいた。

早速、シャンのお寺の境内に小さな小屋を建てるための僅かなお金を送ってやったら、車いすを積んでバスでシャンに旅立っていったという。

「シャンノオテラワ、デンキガナイカラモウメールモデンワモデキマセン。モシボクガシンダラボクワ、ママノトナリニトンデイキマス。」を最後に。

「いいよ、その時は腕枕してあげるよ。」と最後のメールをしたのが、先月の27日。

 

そういえばあの夏の日、添い寝をしていたのはMYATTHU だったのかーと、今頃になって思い出したが、あの時、明らかにその子は生気を感じられた。おそらく、過去世の記憶だったのかもしれない。まだ、MYATTHUは生きている。