(こうりょびょうにんおよびこうりょしぼうにんとりあつかいほう)と読む。
明治32年に施行された法律で、私たちの活動はこの古い法律に何度救われた事か。
身元不明の方の葬儀は発見された市区町村の長がこれを執り行う。―だけではなくて、行倒れた住所不定もしくは国籍不明の人も、傷病により手当が必要になったら、現在地の市区町村で医療を提供しなくてはいけないという、素晴らしい法律である。
ホームレスだから、不法滞在だからといって、診療を拒否してはいけないのである。今は一種社会福祉事業無料診療所が指定されているので、そちらで治療をお願いしているが、以前、千葉県の松戸市で仮放免者の寮を運営していた時、救急搬送を拒否されたことがあった。
昨年の台風で台東区はホームレスが避難所に入ることを拒否したが、これも同じことである。
江戸中期、天明の大飢饉があった時、江戸には東北から多くの農民が無宿人となって流れ込んできた。鬼平こと長谷川平蔵は老中松平定信に進言し、お救い小屋を全国に建てた。
各藩では財政を切り詰め、七部積金といって今でいう生活保護のようなものも支給させた。江戸の人足寄せ場では職業訓練が行われ、人足寄せ場で働いて得た賃金は積み立てて、自立への足掛かりとした。
遊郭に売られた女たちも手習いや作法を身につけ、大店の後添さんやお武家さんの側室にと見受けされて、出世することも夢ではなかった。
過去がどうであろうと、それを差別する社会ではなかったらしい。それに比べて現代は、どうであろうか。
