心優しき男たち | ぽたらか

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ぽたらかは20年の歴史を閉じます

若年者ホームレスで多いのは精神疾患である。統合失調症を患った人は完治するということがない。以前は閉鎖病棟に何十年も入院していたが、非人道的だということで在宅に戻そうという動きがあり、今は急性期の患者でも逆になかなか入院できなくなったほどである。

服薬管理してくれる家族がいる人はいい、家族がいない、あるいは家族が見れない人もいる。そういう人の行き場がないのだ。

犬を連れた木村君という青年は近くの四つ木橋の下で野宿していた。

母子家庭で少年時代、母親が一度だけ精神病院に連れていったが、薬が合わなくてひどい目にあい、家を飛び出した。

以来、足立区、葛飾区の荒川河川敷に住み、葛飾区の川原で犬と出会い、墨田区側に移り住んだという。足立区、葛飾区では子供たちがロケット花火をテントに打ち込んだりするので、逃げてきた。墨田区側に来たら、散歩にくる人が犬のエサも一緒に毎日、食べるものを持ってきてくれるので驚いた。等々。

彼がぽたらかに来たのも、近所のおばさんたちが、

「犬を飼っている人はここには入れないの?かわいそうな子がそこにいるのよ。なんとかしてあげて。」と教えてくれたからだった。

 動物を飼っていると普通は宿泊所や施設には入れない。でも、とにかく会ってみようとおばさんたちに案内されて、彼が寝床にしている橋の下にいった。

 中型犬のシロは私を見るなり、甘えて体の下に潜り込もうとする。これは私を守ってという犬の意思表示である。

 普段、人が来たら吠えるのに、初対面の人に甘えるシロを見て、木村君は吃驚すると同時にヤキモチを焼いたふうであった。

「犬と一緒におばさんのところにこない?ワンちゃんも屋根のあるところに住みたいよ。この冬は寒いからね。」

 犬のためにと口説いたのがよかったかもしれない。すぐに彼は着いてきた。シロはさっそく、登録して岡ちゃんが立派な犬小屋を作ってくれた。

 話を聞くとやはり、幻覚幻聴があるという。私は精神科に行くことを勧め、本人もようやくしぶしぶ行くことになった。しかし、これが良かったのか悪かったのか。

「やっぱりだめですよ。体が震えて止まらない。僕、このままだと死んじゃいます。」

合う薬が見つかるまでの辛抱だから。震えるのがつらければ、変えてもらおう。と、何度も説得したが、一度言いだしたら聞かない。シロを連れて出て行った。シロは随分嫌がったそうだが。彼のことは各支援団体に声をかけて探したが、犬を連れた青年なので目立つと思うのに結局、消息は掴めなくなってしまった。

 しかし、その後十年の歳月が過ぎて、再び木村君は四ツ木橋の下に戻っていた。

ぶつぶつ独り言をいいながら、カセットコンロで何か調理をしている後ろ姿を見て、その禿げ具合で気が付いた。

「木村くんじゃない?」

「はーい!」

 ぶつぶつと独り言を言っているときはどすのきいた低い声で、人と喋っているときは甲高いおばさんのような声になる。おじさんから振り向くとおばさんに変わっていた。シロは数年前に死んだという。

 再び、木村君はぽたらかに戻ってきた。最初は生活保護を受けたら、精神科に行かなくてはいけなくなるからといっていたので、少しお手伝いをしてもらって小遣いをあげるという生活を経て、アパートに移り、今は生活保護を受けている。ちょっとおかしな人というだけで、周りの人も理解をしているので病院には通っていない。

 動物を飼っているので施設やアパートには住めないから、ホームレスを続けている人は多い。孤独が好きな人はいないのだ。

 仲田さんは錦糸町公園の猫じいちゃんだ。毎日毎日、雨の日も風の日もバスに乗って錦糸公園に通う。栄養失調から精神に異常をきたし、一時は要介護3になったのに、今では一人でアパート生活をし、えさやりに通えるようになったのも、私たちの力ではなくて、猫たちとの愛情のおかげである。

 栄養失調というのもおそろしい。頭がおかしくなるだけではなくて、心臓の筋力さえ衰えていくのだから。

 仲田さんがいた頃は一階にシャワールームがなかったので、錦糸公園から直接きたボロ雑巾状態の仲田さんをおぶって階段をあがって風呂へ入れた。

 体を洗っても洗ってもお湯をかぶると真っ黒な湯が排水口に流れていく。お湯が透明になるまで、一ヶ月はかかった。

 公園から河川敷から直接にくる人はこんなものである。大通りから路地を入ったところにぽたらかはあるが、十メートルほどの曲がり角から、「来た!」分かるほどの臭いがする。仲田さんは悪臭ベスト2位には位置するほどであった。1位は入寮者ではなく、スタッフだった岡ちゃん、まさに最臭兵器だった。

中田さんは夜中になると夜間せん妄が出て、

「今、橋のところにお迎えが来ています。行かなくては。」

と出ていこうとしたり、股の下から流れる尿をじっとみていたり、彼はどうなっていくのだろうと思っていた。

でも、三食決して贅沢とはいえないが、バランスの取れた食事をとるうちに、目つきがだんだんしっかりして、二ヶ月もすると普通のおじいちゃんになってしまった。

野良猫たちが腹を空かせて待っている。生き物だから死なすわけにはいかない。必死の思いで回復したのだろう、猫たちも仲田さんのおかげで生きているが、仲田さんも猫たちによって生かされている。

酒癖が悪くて酒瓶を隠しているところを見つけて「こらー、今度酒飲んだら、退寮だぞ、」と叱ったら、「大漁?だから飲んでるんでえ。」「そのタイリョウじゃない。」と漫才みたいなボケをかました男は、近所のドーベルマンに顔をがぶりとかまれて怪我をしていた。

犬の散歩専門業者が連れて歩いているところを「可愛い、可愛い。」といきなり手を出したらしい。先方が治療費を払ってくれ、散歩していた若い人が見舞いに花を持ってきてくれた。噛まれた飲んだくれは二段ベッドの上で布団をかぶってしょげかえっていた。

「いきなり酒ぐさい男が手を出したら、そりゃ犬だってびっくりもするよ。天罰だ。」

私は二段ベッドに向かって言ってやった。

散歩をしていた人に落ち度はなし、しきりに頭を下げて帰っていった。布団をめくると、彼は「そうか、悪いことしたな。びっくりさせっちゃったな、」と犬のことを案じていた。

「大丈夫、ドーベルマンが本気で噛んだら鼻を食いちぎられているよ。酒を飲まない時に手を出さないで話しかけてご覧。」「そうか。うん。」鼻の穴が四つになっていた。

村田さんは計三十年間も閉鎖病棟に入っていた。その間は少年院と刑務所。少年時代、新聞配達をしていたのが唯一、社会生活といえるものか。

足立区福祉事務所から、入寮の打診があって承諾すると、担当は飛び上がらんばかりに喜んでいた。

退院後、グループホームにお試し入所したその日、ガラスの扉を割って即退所となったそうだ。尤も本人に聞くと、いつも鉄の扉だったんで力の入れ方がわからなかったらしいのだが。

さすがの私も当初はいつ簀巻きにして役所に置いて帰ろうかと、何度も思案していた。

薬の副作用でいつも前傾姿勢で道を歩く、立ち止まるとよその家の中を覗き込む。それもものすごい形相で。大きな声で自己流の調子外れの演歌やら童謡を歌う。

ぽたらかの入寮者が道端で酔いつぶれていたのを近所の人が教えてくれて、恥ずかしい思いをしたことがあるのが一度だけだ。近所のクレームは本当に神経を尖らせるだけにこの男の傍若無人ぶりは頭が痛かった。

彼が散歩に出ていこうとすると私が仁王立ちになって「川の方に行きなさいと言ったでしょ。家のある方にいっちゃだめ、人の家の中覗いちゃダメって言ったでしょ。」と川原に向かうまで鬼の形相で睨みつけるのだ。

ある日、また川原と反対の方角に行こうとするから「んもう!」と出て行ったら、村田さんは物陰に隠れて首を引っ込めている。いつもと違う。いつもだと何か言う度にシャドウボクシングの格好をして、威嚇するのだが。

しきりに、口を横に広げてにっとする。始めは何やってんだと思ったが。『ああ、この人は笑顔を作ろうとしているんだ。』と気がついた。赤ちゃんがお母さんの笑顔を見て笑顔を覚える。その笑顔を知らない人がいるんだ。

私は、思い切り笑顔を作って、「そっちは車がいっぱい走って危ないから、川原に行きなさい。お花がいっぱい咲いているから。」というと「はーい。」お利口さんに素直に従った。

あれから、村田さんはシャドウボクシングの格好はしない。相変わらず、遠い昔に聞いた童謡の勝手な思い込み替え歌で歌うのは耳障りだが。

小遣いを貯めて夜な夜な数えるのが好きで、でも数えられないから、使ったのに無くなったと騒ぐ癖がある。それで叱ったら、金を管理してくれというので、毎週水曜日に五千円4回分割で渡すことにした。

しかし、月に5回水曜日がある時もあるわけで、そんな時、曜日を変えたら一桁の足し算もできない村田さんは怒って騒いだ。

だから、こっちも怒鳴り返した。でも部屋に入ってすぐ間違いに気がついたようで、私の周りをうろうろ、うろうろ。面白いんで無視してみた。

薬の副作用で膝が崩れる村田さんはゆっくりとこけた。立ち上がれない。両手を持って立ち上がらせようとすると、べそをかきながら「せんせ、ごめんね。」あやまりたかったの。