出版の企画があって書きためていた原稿をこのブログで小出しに発表の途中ですが、どうしても気になる記事を見たので、挟ましていただきます。
イギリスチャリティー・ファンデーション(CAF)が他者に与えること、寛容度、人助け度)Giving
世界人助け指数が、日本はカンボジアより下の125位の世界最下位だそうです。
カンボジアだって、私がレストランで食事中気分が悪くなって、しゃがみこんだら、その場に居合わせている人だけではなく、道行く人まで心配して介抱してくれました。日本人だからではなくて、困っている人がいると当たり前なのです。金のかからない親切は誰でもできますから。
この度、台風19号でテントが流されたホームレスを3人受け入れました。中には「いいんだ。わしはここで死ぬ。」と言っていたおっちゃんもいましたが、「十分働いて税金も払って、真面目に生きて来たんだろう。せめて死ぬときは温かい布団の上で死になよ。」と説得して、連れて帰りました。
風呂に入れて着替えをして、アパートを借りたので、世帯道具をそろえてやって、その上で生活保護を申請して介護認定してもらうつもりです。
「なんで、おばさんはわしのようなものにそんな親切にしてくれるんだ?」と涙を流して言うから、
「あんたらのような要領の悪い人が好きなんだよ。誰も好き好んで最初からホームレスなんてしていないよね。わかっているんだよ。人が良くて要領が悪いから、こんな生活をしているんだよね。だから、もういいよ。人並みの生活をしたって、誰が咎めるもんか。」と言ってやりました。
台風の夜に転倒して動けなくなった兄に付き添っていた弟も共に60代前半で、兄は河川敷に住み、弟も日雇いでホームレス生活をしながら、認知症を発症した兄を食べさしていました。だから、救急搬送したときには、やっと、これで楽になると思ったらしいのですが、けがは大したことはなく、病院では役所に連絡すらしてくれず。500円玉を渡されて追い出されたらしいのです。
台風一過、二人で急に冷え込んだ朝に橋の下で震えていたので、事情を聞いてすぐに車いすを取りに行って連れて帰りました。認知症のお兄さんはオムツをはずして失禁失便。それを見た弟さんは
「すみません。だから人様のところにはお世話になることができなかったんです。」と恐縮しているから、「なあに、だれでもいつかはこうなるのよ。手がかかる分、介護事業所では良い顧客だからね。」
となだめました。
荒川河川敷のホームレスのみなさんはみんなこんな感じです。好きで自由にやっているし、乱暴で汚くて(汚いのはそうかもしれませんが、風呂に入ればきれいになります。)税金も払っていないという印象がありますが、税金は払いたくても非課税でしょうし、消費税は払っています。それに最初からこうではなく、何十年も働いて体を壊して、仕事がなくなり、こういう状態になったのです。
各区の宿泊所を半年単位でたらいまわしにされるのが嫌だとか、動物を飼っていてとか、理由も様々ですが、それらが全てわがままだとは思いません。
誰でもここが自分の部屋だと思えるぐらい落ち着きたいんです。ぽたらかは動物もOK,ここで死にたいって希望すれば最後までいていいよ、墓もあるしっていったら、そんなところがあるなんて初めて聞いたって。
そんなにキャパがあるのって?なんとでもなるよ。
浸水被害にあった方々、大変なことだけれど、生きてさえいれば何とでもなるんだし。
生きてさえいれば、『命ドゥ宝』ですよ。沖縄の人の口癖チヌグルシサネエって、「あああんたのことを思いやると胸が苦しいよ。」ってことだそうです。
仏教で「同事同悲」という言葉があります。人にしてあげることはお金やモノや行動も大事だけれど、一緒に苦しみ泣いてあげることも大事ですよってことらしいです。
日本人は古来より、その精神はあったはずです。一体どこにいってしまったのでしょうか。
