最後のぽたらかブログ | ぽたらか

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ぽたらかは20年の歴史を閉じます

イメージ 1カンボジアのおばあの家はおばあが身内に連れさられてから、無人になっていたが、私が来た時に使っていたハンモックベッドや蚊帳や充電用ランタンなどは鍵を壊され、みな持ち去られていた。
本体の方は中は大丈夫でも壁のトタンははがそうとした跡があり、これも時間の問題だった。
元々、寺には立派な水洗トイレがあったが、トイレの戸から便器に至るまで、盗難の被害に遭っていたようなところだ。
人がいれば、人に危害を加えてまで、物を盗っていくような悪はカンボジア人にはいないとされる。まあ、寺の境内にあるものを建物の建材に至るまで持っていくのは、充分良い人ではないと思うが。
ところで、カンボジアの老人というのは、子供が面倒を見切れなかったり、いなかったりすると、寺に入り寺男や寺女になる。お供え物を売ったりして、寺で飯を食わせてもらって、一生を終える。しかし、病の床に臥せても看病をしてくれるわけではない。ただ、死んだらお坊さんがお経をあげてくれるのが、唯一の救いだ。
それに、寺女になるには日本円で15万円くらい寄進しなくてはいけない。寄進料によって待遇も変わる。
そんな、カンボジアの老人事情の中で、彼女ハリエイさんは最後は寺に入りたいと願う一人だが、寺に入るばあさんは65歳以上でなければいけない。
それが、彼女は61歳だ。(かくいう私は充分寺に入れる歳だが)寺に入るにはまだ若い。
ご主人に死なれて、子供もいない。しかも家はない、と言って乞食はしたくないし。そんな時、ここの話を聞いて、「ぜひ、入れてほしい。身寄りのないお年寄りが入ってきたら、お世話をします。」と名乗り出てきてくれた。
壁のトタンまではがして持ってって、丸裸になったら、涼しくていいや。持っていくものがなくなれば、そのうち、今度は何か持ってきてくれるだろう。
施設長を任せようかと思っていたサオさんは「そのうち、浮浪者が住み着くようになる。」と。地域に開放するよう提案した私に反対していたが、「なに、それが私たちの目的だよ。カンボジアの人たちがやりたいようにやればいいの!暑苦しいトタンの壁なんかはいらないでしょうよ。」
カンボジア流に落ち着くでしょ。日本の老人福祉の常識を持ってきてもしようがないし。権力のある元役人のサオさんは、老人にとっては威圧感だけしかないので、解任した。もっとも、金にならないとなれば寄り付かない人なので。代わりにこのハリエイさんを初代施設長に任命した。
もちろん、ハリエイさんが何処かにいなくなっても、構わない。来るものは拒まず、去る者は追わず。
それが、ぽたらか流だ。なるようにしかならない。
本体のぽたらかも数年後にはNPOはやめるが、任意団体の野宿者協同組合ぽたらかに戻って、ずっとこの東京の下町の路地裏で続けていく。目まぐるしく変わる東京のその中で、変わらぬ異次元の世界を維持していくつもりだ。ヤフーのブログも終わりだし、Facebookも興味ないし、これが最後のブログだが、カンボジアのおばあの家も墨田のぽたらかもなるようになって、続いていくと思う。いつの日かお会いできますように。
                                  合掌