
そうして、たたら師たちは一度切り倒したところは植林をして、次の山へ移動します。古代たたらの時代は終わっても、この高梁川は10年に一度は氾濫をおこしています。
新見市でも昭和の時代になって川が氾濫して犠牲者が多く出たことがあったそうです。その時の石碑が国道180号線にあり、その隣に空き家があって当時すごく安価で売りに出されていて、すぐに買い手がついて入居する人があるんですが、1週間もすると無人になり、また空き家という。つまり、そこは事故物件だったのです。その家がというんではなくて、その石碑のもう一方の隣には『クラビクラ』という喫茶店があって、それはフランス語で「左の骨」という名前だったのですが、私たちはブラックジョークかな?と思っていました。その霊現象のある家のそばを通ると、「おや、灯りがついている。よかったな。霊現象は治まったんだ。」と思いながら、車を走らせて通り過ぎようとすると、バシバシっとその家の電灯が激しく点滅して、いわゆるポルダーガイスト。その数日後、やはりその家は無人になっていました。石碑は土砂崩れの現場に建立されていて、そこにはまだ発見されない犠牲者が眠っておられるというのでしょうか。(もちろん、30年前の体験談ですから、今はその喫茶店も家もありません)
高梁川は石灰岩地帯を流れていて山々は屏風のように切り立っています。治水工事はなかなか進まないのが現状でしょう。
岡山は天災地変がない『晴れの国』と言われていて、みなさんまさか岡山が、なんて油断されていたと思います。でも、昔の伝承をみるとこんなことがあったのです。ましてや、地球温暖化の影響か、観測史上初のと冠がつく災害が続いて起こっています。先へ先への避難、防災をお願いいたします。