カンボジア・コンポンチャム郊外のジャングルを分け入ったところにイスラム教徒と仏教徒が混在していてかなりの戸数の村があった。
ここに10年ほど前に日本人が学校をたてたという噂があって探してみた。
「日本人が建てたのが学校だとは知らなかったが、クエートがイスラム神学校を建てたところに、今は便所として使われているのが、たぶんそれだろう。」と村人が教えてくれた。
写真の奥にあるレンガの小さな建物がそれ。
仏教徒とイスラム教徒は隣同士混在しているので仲が悪いという事ではないが、イスラム神学校が先に建ったので、仏教徒の子たちは近くの寺の境内に学校を建てて学んでいる。
決して、どちらも責めるわわけではないが、この便所いや、学校を建てた人は充分に村民から話を聞いて建てたのだろうか。
もちろんまだ、何の用途でも使われているからいい。日本人が建てた学校が廃屋になっている現状はよく目にする。子どもたちが働かなくてもいいような親の経済力、学校の先生の給与。
そういう援助が先にできないものだろうか。