
私の知人がカンボジアの僧院にいた時、ポルポトの大粛清が始まった話をしてくれた。
寺には20人くらいの幼い小坊主が居て、その日は近くのお寺に大法要があって、大人の修行僧が出仕する前に小坊主たちがバスで移動することになった。みんな寄進されたお菓子を持って、始めての遠足のように、それは楽し気にバスに乗り込んだ。それを見送って、まもなく。バスはクメールルージュに襲われた。小坊主さんたちはバスに乗せられたまま、帰ってきた。その小坊主さんたちの遺体は、人としての原型をとどめているものは一つもなかったという。あるものは体を真っ二つにされ、ある子は頭の先を切断されていた。その子の顔だけは無傷だったが、涙を流した跡が塩になっていた。
「つい今しがた、あんなにはしゃいででていったのに、こんな幼い子供たちをこんなにいたぶって殺すなんて、許せない。この恨みは一生かかっても私の心から消えません。」
毛沢東を心酔するポルポトは同じやり方で自国民を殺した。毛沢東によって殺された中国人は6000万人、ポルポトによって殺されたカンボジア人は300万人という。
何のために殺されたのか、二度とこういった悪夢を見ぬためにも、はっきりさせたい。クメールルージュを支援した日本政府、見て見ぬふりをした当時のマスコミ。聞きたい。僅か40年前のことなんだから。
ーそういったわけで、『カンボジアに老人ホームを!建設プロジェクト』を立ち上げた経緯を今後少しづつ話していきます。よろしくお願いいたします。