
息子は自分のことばかりお願いすると厄が落ちないといって、キーンさんが早く仮放免認められますように、またみなはうすの人たち全員が難民認定されますようにと、人の幸せばかりを祈ってきたそうだが、私はというと、早くぽたらかの借金が返せますように、どこからかどーんと寄付が転がり込みますようにとか、思い切り自分のことだけを祈願してきた。さぞ、伊勢の神々もあきれていることだろう。
台風一過、雲一つない晴天にのーんびり、まったり。清々しい神域ですっかり清められて、大麻でもやったような脱力感。これが東京に帰ると何日持つのかー。
内宮の門前町の江戸時代にタイムスリップしたようなレトロな町並み、軒並み造り酒屋で絞りたてを飲ませてくれる。20歳になった息子は地元の年配者とすっかり打ち解けて、その人が「わしは三重のほうから週に1回はここへきとる。」といわれたのを「それは遠くからー。」などとすっとんきょーな返事をしている。「あんたはどこから?」「東京からです。」へえーっ?二人とも酔ってんだなと思っていたけど、後から息子が、「三重って、東京より遠かった?」と本気で聞いてきた。「あほ、伊勢が三重県じゃ。」知らなかっただけだった。「あのおじさん酔ってたからいいけど、周りの人あきれて聞いていただろうなあー、恥ずかしいー。」
昔の素直な子に戻って、親子して心から楽しんだ小さな旅であった。帰ったら、いつもの野戦病院が待っていた。