『渡り鳥』が飛んでいった。といっても渡り鳥というあだ名の64歳のおっちゃんである。体が曲がり、足をひきずりながら歩く。酒を飲むと必ず、「わたり~鳥がよ~。」と歌い出す。「やっぱ、いいねえ。布団の上で寝れるってのはねえ。」といいながら、昔の仲間に誘われるとついつい橋の下で寝こんで、何日も帰ってこないことがある。
帰ってくるときは大概見え透いた嘘をいう。この間は結婚を迫る女がいるというので、吃驚した。なんでも26歳年下で、「30万円持ってくれば一緒に住んでやる。」といわれたと嬉しそうにしていた。「たった、30万円でこんなみすぼらしいじいさんの世話をしてくれようなんざ、めったにない奇特な人だから、大事にしな。」と半ばからかい気味にいってやったが、本人はどうも本気にしているようだった。
どうせ、飲み屋で3000万円とふっかけてやれば、もう言い寄ってこないだろうと、思っての事だろうと思うが、本人は聞き間違えて30万円で世帯を持てるという。30万くらいならへたをすると用意できる額だ。「よく考えると、30万円なんて無いんだよね。俺。」そういう問題じゃない!
まさかそれを本気にしたわけじゃないだろうが、生活保護からの小遣いが酒に変わるので、貯金をするように勧めた。それが徒になってしまった。といっても、4,5万円だが、そんなはした金に目がくらんで、「ちょっと、休みをくだせえ」といいだした。「休みって言ったって、ここで働いて給料もらっているわけじゃないんだから。どこいくの?」「サウナにいきます」「あんた、高血圧でしょう?サウナなんかとんでもない。」「じゃ、散歩いってきます。」といって、足を引きずったまま、出ていってそれきり、もう10日になる。
そろそろ、福祉課に連絡して報告しようかと思っていた矢先、突然渡り鳥から電話がかかってきた。帰りたいけれど歩きすぎて足が棒になっている。迎えに来てくれとのこと。何処にいると聞いてもわからない。周りの人に聞いたのだろう。後から電話をしてきて「富士見台だ」。「どこの富士見台?練馬か中野か?」これもわからなくてまた翌日電話があり「国立の富士見公園にいる」わたしは警察に保護してもらうように言葉をそえたが、スタッフは迎えにいった。
しかし、いない。交番にいって見つけたら保護してくれるように頼んで帰ってきた。国立の交番の巡査は夜それらしき人が団地の階段に蹲っているのを見たそうだ。「帰るところがない」と答えたのでホームレスだろうと思ってそのままにしたそうだ。
「帰るところがわからない」といえば保護してもらえるものを!!どうみても痴呆がきているとしかみえない老人なのに!ええい、苛立つことだ。その後、電話代が無くなったのか、全く連絡がない。