
コーヒー1杯で夜を明かす、バーガー難民。ネットカフェ難民といわれる人びともホームレスちゃ、ホームレスである。ホームがないから、ホームレス。彼らはそんな風にまさか呼ばれるとは、思ってもなかったろう。しかし、だれでも明日は我が身の出来事なのである。
河川敷などで小屋がけをして暮らす野宿者も元は移動型ホームレスだったかもしれない。その前はごく普通の一般市民だった。失業してお金が無くアパートを追われた。社員寮にいたら、その会社が倒産してしまった。長期入院して退院したら、職と住まいが無くなっていた。ーぽたらかにいる人たちはみなそうである。ただ、定住型の人は少ない。移動型を何十年も続けてきた人はいるが。
みんな言う。一旦住所をなくすると、定職につけない。お金が貯まらない。底なしの泥沼だ。そして、一時は死を考えたと。だから、住所をここに設定する(住民票が不明であってもそれは可)ことで区民サービスが受けられる。銀行口座も作れる。年金も受給できる。生活保護に頼らなくても自立できるメドが立つ。
移動型の人たちはいう。『我々はホームレスだったけれど、野宿者ではない。夜外で横になることはあっても、外で生活をすることはできなかった。』こういう人たちが今、ぽたらかで働いている。河川敷の定住型の人たちに声を掛けたことはあるが、多くはそこから日雇いにでていて、お金が無くなれば働く、それで不自由はないということで、私たちの手を必要としないのであれば、別に無理強いはしないというスタンスできている。
野宿者はホームレスではあるけれど、ホームレスが野宿者に限定されては困る。政府にとってみれば、公園や河川添いに小屋などを立てて不法占拠している野宿者の方が目障りだから、そちらを先にかたずけたいだろうが。