
だから、今は山谷の養護老人ホームに働いている上の息子が、あまりにも疲れているようだから先日、「あまり無理すんなよ。」と声をかけたら「ぼくの疲れの原因の一つはあなたにあるんですからね。」ときつい一言。私には今は怖い者はなにもない。ひとえにうちの息子が怖い。
でもわかるよ、その気持ち。こんな母を持った息子は世界一気の毒だ。昔、父兄参観に作務衣でいくと、「かあちゃん、作務衣でくるのはなんとかしろよ。」「ああ、黒の作務衣はまずかったかな。じゃ、今度は茶色のがあるからあれにしよう。」「作務衣を一度はなれろよ!」
でも、白に黒のコントラスト。そこへ清潔に青々と剃り上げた頭。どんなご面相でもいい男いい女にみえるもんだ。よく見えなければ、人間やめたほうがいい。
紫衣や緋衣は、今はどんな坊主でも着るが、徳の高い、品格のある僧侶が着ると美しい。徳が高くないと衣が浮いて見えるから、不思議なものだ。
インドにいくと黄色の法衣を着る。僧侶を見かけると人々は足下に跪いて、3回足にキスをする。最初は恐縮したが、私ごとき偽坊主に礼拝している訳じゃない。お釈迦さまから三国伝来のお祖師方がおられたからこそ、この法衣に人々は感謝しているんだと思うようになってから、遠慮なく礼拝をうけるようになった。
仏縁がなければ、法衣は似合わない。私などは自分でいうのもなんだが、法衣を着て黙っているとどこのご法主かと思うくらいにはったりがきく。ただどうしてもすぐに地が出てきてしまうのが、残念。