啖呵の切り方 | ぽたらか

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ぽたらかは20年の歴史を閉じます

ぽたらかに来る者の中には借金取りに追われている者も多い。ある日、いきなり電話口でやくざと思われる男から罵倒されたことがあった。それまで、にこやかに来客の対応をしていた私は、しばらく無言で言わせていたが、「あなた、おっしゃりたいことはそれだけですか?今の話、ちゃんと録音させていただきました。あきらかに恐喝ですね?このテープ持って警察届けさせていただきますから。よろしゅうございますね?」まだわめきちらかしている男に「だから、金の貸し借りとは関係ねえんだよ!その口の利き方が恐喝だってんだ。首洗ってまってろ!」ガシャンと電話を切って、ふり向くとみんな固まっていた。客が本人のBさんに「よかったですねえ、こういう人が代表で。」その後電話もない。

私は福井の寺にいたときから、反原発運動などで右翼のいやがらせに会っていた。マイクを握ってシュプレヒコールをしているときにデモ隊の前を威嚇しながら、伴走する右翼の宣伝カーに立ちはだかって、「うるせー、てめえらなんかが怖くて、頭刷ってられるかよ。」と啖呵を切ったこともあった。

小さい頃から病気がちで苛められる存在の私だったが、疎外感はなかった。毎日私に石を投げる男の子がいて、その子は先生からも嫌われていてホームルームの時間に「○くんは大きくなったら絶対に泥棒か何か悪い人になると思います。」と先生が言ったので思わず立ち上がり「それは言い過ぎだと思います。将来のことまで決めつけるようにいってはいけない。」と発言したら、その日からその子は子分になった。

10年前岡山でO-157に集団感染したときにも息子が重病だったのにも構わず、二次感染の重体幼児を感染者と認めない保健所、校長会、市議会を敵に回して認めさせたことがある。松の廊下みたいに共産党議員が慌てて「まあまあ、平尾さん、押さえて押さえて」と冷や汗をかいていたが。被害者の親たちには感謝された。いちど、啖呵の緒が切れると止まらない。もう性分になっているらしい。