テレビで公開講義してた。
なんとなく聞いてた。
途中から妄想~・・・に。


たとえば、ほしい車があって、
頑張って働いて、
ほしかった車を手に入れた。

嬉しくて、毎日手入れして、
ニコニコご機嫌に乗っていた。

ところが、、、
隣の人が、高級で素敵な車に買い替えた。
並んでいる自分の車が急に劣って見えた。

車への愛着やウキウキ気分が低下・・・

そういうことがあるって話をしていた。

わかる。



妬み(ねたみ・嫉妬)など、嫌なものはないのに、

妬んでしまうことがある。
人と比べて劣ると感じるのが嫌?・・・・・・・・・・
その「嫌」というブラックな感情が、また嫌。排除したくなる。


働くおばはんにおいては、
若い女子には甘くて、やさしく許されていることが、
おばはんには厳しく、嫌みを言われるなんてことは
よくある。
(自分も若いころは、甘くされて、ラッキーと
思ったことがよくあった。
巡って今は、それを横目で見る立場~)


自分もおっちゃんには厳しく、若い男の子には
やさしく甘くなるんじゃないか?

と自問自答すれば、
たしかに・・・ソノトォリ~(‐^▽^‐)あたりまえじゃん←言えてしまう。

自業自得?あらまっΣ(~∀~||;)

その瞬間には
「なんでやねん!」と
心の中で、むっとしてしまう
ヽ((◎д◎ ))ゝ

あの人に甘く
アタシに厳しい・・・・

ひっくり返せば、あの人はそこまでのことを期待されていなくて、
私は、ちゃんとできることを期待されているんだ
思うことにしておこうかな・・・って

ええように解釈をして、自分をなだめるんだよね。

・・・・・・・・・・・・・・

TVで話していた、『車』のネタミ話に戻るけど、
とにかく

ええモノを自分が持っても、
なぜか人は
それよりもより優れたものを持っている人に対して
すぐに目を向ける。
・・・気になるようになるそうな。


ライバル心とか妬みとか。
心が捕らわれて、燃えだすことがあるなぁ。

なぜ、人は妬むのか。
「憧れる」って言葉なら、良いように思うのに・・・
ブラックな感情がもぞもぞっとする場合もよくある。

なぜなんだろ。

本能?・・・・・・・・・・
TVの中の流れは、

人と比べて、優劣をつけるより、
自分と自分を比べようって話にころがってたよ。


自分と自分。

今の自分と
1年前の自分。

あるいは
10年前の自分。

成長してる?


車を持たなかった自分。
>>>1年後
頑張って車を買った自分。

すごいね自分。

比べる対照は自分でイイ。
他人は他人でどんな頑張りしているかなんて
想像が偏ってしまうもの。
ひとのことはヒトゴトでいい。

そんな展開。・・・・・・・いいね。(´∀`)

年取って、若い人をうらやむのも、そう。
自分の若いころの、苦しみや模索を思い出したらいい。
若いって素敵なことだけど、苦しみもたくさんある。
それに押しつぶされそうになったり、
それを乗り越えてきたりした自分をほめよう。

その歴史をたたえよう。
自分しか知らない自分の歴史。

・・・・・・・

100歳の人は
50歳の人をうらやむだろう。
「若くて良いね。
自分で動ける。
好きな場所に行ける。」


50歳や60歳で
「もう歳だ。」
「あの人は成功者だ。イイものをたくさん持っている。」
「物忘れが激しくて、もうダメだ。」

そんなことに縛られて、誰かを妬むのは馬鹿げてるね。
50・60・70・80歳・・・どんな歳も良い歳にできる。

1年前より成長している何かがあったら、自分をほめよう♪
衰えていくのも自然。

楽しめること、感謝できること、喜んでいたい。


「もうダメだ。」何度も思う。
それは終わりじゃなくて、
新たなスタートラインの前に立つってことだったりするよ。

「素敵ね。」

妬むより、人が優れていると認めることが出来たら楽しくなる。

あの人はあの人らしく。
私は私らしく。


優劣をつけるより、お互いの頑張り励ましあえたら・・・。

心の『嫌(ブラック)』な部分を増長させないストッパーは
自分の幸せに感謝
支えられていることに感謝

大切なものを大切に。
一番大切なものを本気で大切に・・・
しっかり芯を持って生きたいなぁ。

TVつまみ食い(聞き)で、そんなことを思ったよ。
人生に課題はいつも盛りね。
それもまた、ありがたいことね。

そこに山があるから登る。

自分の心の中に課題が浮かぶのは
「よい人生を生きたい。」
からかな。

生きるという本能にキラキラの粉がかかるよ。