自分で食事ができなくなった母親のために
義弟は病院に通って、
毎食介助しているそうな。
リハビリのために、
出来るだけ自分で食べてと言われているけれど、
右肩の鎖骨骨折がどんどんと響いてきているのか、
お箸が持てなくなった。
そんな義弟と長電話でお互いの親の心のケアについて話した。
私は
見舞っている間中、手を握っている話をした。![]()
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言語障害の父との会話はあまり出来ないので、
父が伸ばす手をまずは握る。
これが習慣。
父のひげをそって、
お湯で濡らしたガーゼハンカチで
父の顔をマッサージするように拭く。
できるだけのスキンシップ。
私は男じゃないので、ひげそりはよくわからないんだけど、、、
それなりに電気カミソリでブイ~~ンジョリジョリ。
ひげに鼻毛 元気良く伸びてくるので、、、
ぼさぼさになってたら、悲しい。
(父にはハンサムでいてほしい。by 娘)
そうすると、
言葉が通じなくても、
大切にしていることが伝わって、
不安な心が落ち着いてくるように感じるって話や
寝た切りの(元うつ病だった)母についても
子どもの頃の思い出話や
親に似ちゃった話(いいところ)
親の素敵なところ、、、
大切に思ってることなんかを
おしゃべりの合間合間に
織り込むと、
とても心が落ち着いていく様子だという話を。
義弟もちょうど実践しているところだと。
ばあばんは「手を握ってほしい。」と
義弟に言ったんだって。
そんなこと言われたのは
義弟は初めてだったらしい。
びっくりしたって。
不安なんだね。
85歳、身体が思うように動かない。
一人でトイレに行けない。
一人でお箸で食事ができない。
治るだろうか。
もうダメなんじゃないか。
想像つく。。。
「両手で握って、
祈るような気持ちで包んであげるといいよ。
一緒にお祈りしてもいいね。」
「そんなことをしたら泣くと思う。」
「泣かせたら。
嬉しいと思うよ。
大切にされていると感じさせることで、
不安が無くなるから。
子どもから感謝されたり、
思い出話されたりすることで、
自分の生きてきた意味や
自分の人生を良かったって思えるようになるから、
気持ちが落ち着いてくるから、
スキンシップも出来るだけしてあげてね。」
おせっかいに
いろいろアドバイス。
自分が親と接していて、
感じていることが役に立ってよかった。
母親への見舞いや
父親との会話・・・
親たちの心の平安につながっていくといいな。
義弟の親孝行・・・
わざわざ海外から急遽一ケ月の休暇を取って
帰国した意味合いをもっと深くするって思う。
ひとりだと介護介助は
煮詰まってしまうから、
義弟のサポートは出来るだけしたいなと思った。
(電話くらいなんだけど。)
大切な親たちの人生の最終章が
幸せで満たされていますように。
最後が来ると言うことは自然なことなんだから、
徐々に身体が壊れていくことも、
当たり前に受け止めていたい。
こちらの心が壊れそうになるときは
いろんな人の助けを借りて、
自分の弱さや親不孝だなんて
思わないようにしたい。
自分の心と体の健康を守ることは大切なことなんだから、
出来ないと思ったら、無理はしない。
頼れる人に甘えよう。
感謝しながら、、、
子どもとして、できることは、
大切に思っているよ。
育ててくれてありがとう。
いい思い出ありがとう。
(親を大嫌いだと思った悪い思い出もあるけど、
こういうときは中略)
あなたの心(DNA)受け継いでるよ。
受け継ぎたくなかった遺伝も数多くあるけれど、
いいところも受け継いでいることを感じる。
例えば、
人にすぐ『アドバイス』したくなる『おせっかい』なところ。
母似。
似たのは
感謝されることも多いので
いい方のDNAに入れよう。
「なんかいつのまにか
お悩み相談受けてたりするよね。
そんなところ
ママに似ちゃったね。
ママってたまたま待合室の隣に座った人の
悩み聞いたりしてたじゃん。
なんかしょっちゅう友だちの相談に乗ってたよね。
似てるって思うことあるんだよね。」
母が笑い、ふたりで大笑い。
母の目に涙がにじむ。
ちょっと思い出話は『美化』『大げさ』もいいしね。
(私は人にお悩み相談することも多いんだけど、
そんなことはこのさいタナに上げておいてイイノダ。
自分は母に似て、人の役に立ってるよ。
ここがその時のポイントだからね。)
他人がどう思おうと関係ないから。
母と娘が
人の役に立つことが出来た人生だと
社会的地位のない主婦親子の
平凡な生活の中の『喜び』。
小さなことでも大きく喜ぶ。
大きなことはなかなか出来ないけれど、
手を伸ばして届く人の
手を握ること
ここから『愛』は広がっていくって
思ってる。
手を握る。
つながっているよ。
不安を消すオマジナイ。
私たち家族の大切な習慣。