郵政ユニオンと郵産労、そして、支援する会が力を合わせて闘っている伊豆高原郵便局パワハラ暴力事件訴訟の勝利をめざす闘いは、まさに勝利への第一歩となる重大な局面を迎えました。
6月16日、郵便局会社から、原告・山田佳史さんの代理人事務所に、山田さんの負った障害のすべてを公務災害として認定するという連絡が入りました。
山田さんは、2002年頃から局長・村上をはじめ、職場ぐるみで、人格・人間性を否定する暴言・暴力や退職強要などのイジメを受け続け、その結果「アスベルガー障害・不安障害・抑うつ状態」との診断を受けました。
そして、2005年には精神保健法に基づく保健福祉手帳の交付も受けました。
さらに、2006年4月20日、山田さんは局構内で、同僚から暴行を受け、外傷性脾損傷及び腹腔内出血の重傷を負い、それがきっかけでPTSD(心的外傷)を発症します。
ただちに傷害及びPTSDについて公務災害の申請を行うものの、郵政公社(当時)は、加害者の「私的怨恨」によるものとして公務外認定を行い、PTSDについては判断すら行いませんでした。
さらに、2006年に、人事院に対して、審査申立とPTSDについて認定を行うように求めましたが、公社の公務外認定を追認して申立を棄却、PTSDについては再び判断すら示しませんでした。
そして、2009年1月、静岡地裁に公務災害認定を求める行政訴訟を提起したのです。
そして、2005年には精神保健法に基づく保健福祉手帳の交付も受けました。
さらに、2006年4月20日、山田さんは局構内で、同僚から暴行を受け、外傷性脾損傷及び腹腔内出血の重傷を負い、それがきっかけでPTSD(心的外傷)を発症します。
ただちに傷害及びPTSDについて公務災害の申請を行うものの、郵政公社(当時)は、加害者の「私的怨恨」によるものとして公務外認定を行い、PTSDについては判断すら行いませんでした。
さらに、2006年に、人事院に対して、審査申立とPTSDについて認定を行うように求めましたが、公社の公務外認定を追認して申立を棄却、PTSDについては再び判断すら示しませんでした。
そして、2009年1月、静岡地裁に公務災害認定を求める行政訴訟を提起したのです。
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日本郵政㈱災害補償事務センター長による2010年6月14日付「公務災害補償通知書」には次のように記載されています。
「あなたは、国家公務員災害補償法の規定により、下記の災害に対する補償を受けることができますので通知します。なお、先の郵災補41495(2006年10月18日)「災害認定通知書」は取り消します。災害の発生日は2004年6月10日及び2006年4月20日 、傷病名は不安障害、抑うつ状態、心的外傷後ストレス障害、外傷性腹腔内出血(牌損傷の疑い)、外傷性牌損傷、腹腔内出血 」
「あなたは、国家公務員災害補償法の規定により、下記の災害に対する補償を受けることができますので通知します。なお、先の郵災補41495(2006年10月18日)「災害認定通知書」は取り消します。災害の発生日は2004年6月10日及び2006年4月20日 、傷病名は不安障害、抑うつ状態、心的外傷後ストレス障害、外傷性腹腔内出血(牌損傷の疑い)、外傷性牌損傷、腹腔内出血 」
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山田さんの要求はほぼ満たされていると言っていい内容です。
また、山田さんは、就業規則を盾に本年2月1日付で解雇されていますが、これも取り消しとなり、未払い賃金やすべての治療費等についても会社側は全額支払うとしています。
一旦、当局及び人事院が公務外認定を行った事案を再び公務災害として認定し直すケースは極めて稀ですが、山田さんとご家族の会社側に対する猛烈な怒りと支援の輪がそれを突き動かしたに違いありません。
山田さんが希望に胸を膨らませて入局した翌年から4年間もの長きにわたって局長を先頭に職場ぐるみでイジメ抜かれ、地獄の苦しみを味わい、3年9ヶ月の病休と休職期間を経て解雇され、いまだに障害を引きずりながら本人も家族も必死で生活しています。会社側は、「上外認定」を変更した理由を、「資料を精査した中ではやはり公務災害にするべきだとの結論に達したから」などと言っていますが、一切の隠ぺいや虚偽をやめ、どのような資料をどのように評価して認定を変更したのか、個別具体的に説明すべきです。
それを、先行して闘われている静岡地裁沼津支部での民事訴訟において示すべきですし、会社側の誤認定という重大なミスの責任の負い方も明らかにしなくてはならなりません。また、会社の意向を追認した人事院の責任も問われてくるのは当然です。
また、山田さんは、就業規則を盾に本年2月1日付で解雇されていますが、これも取り消しとなり、未払い賃金やすべての治療費等についても会社側は全額支払うとしています。
一旦、当局及び人事院が公務外認定を行った事案を再び公務災害として認定し直すケースは極めて稀ですが、山田さんとご家族の会社側に対する猛烈な怒りと支援の輪がそれを突き動かしたに違いありません。
山田さんが希望に胸を膨らませて入局した翌年から4年間もの長きにわたって局長を先頭に職場ぐるみでイジメ抜かれ、地獄の苦しみを味わい、3年9ヶ月の病休と休職期間を経て解雇され、いまだに障害を引きずりながら本人も家族も必死で生活しています。会社側は、「上外認定」を変更した理由を、「資料を精査した中ではやはり公務災害にするべきだとの結論に達したから」などと言っていますが、一切の隠ぺいや虚偽をやめ、どのような資料をどのように評価して認定を変更したのか、個別具体的に説明すべきです。
それを、先行して闘われている静岡地裁沼津支部での民事訴訟において示すべきですし、会社側の誤認定という重大なミスの責任の負い方も明らかにしなくてはならなりません。また、会社の意向を追認した人事院の責任も問われてくるのは当然です。
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山田さん本人やご家族の闘いはまだ道半ばです。支援する会の取り組みも、本年4月には地元、伊東市駅前や伊豆高原郵便局周辺での情宣活動、そして、伊東市役所での支援集を行ってきましたが、山田裁判の完全勝利をつかむためにも、一層の支援強化が必要です。
公務災害認定という重要な局面を最大限活かしつつ、山田さんの笑顔を取り戻すために、引き続き闘い抜きましょう。
公務災害認定という重要な局面を最大限活かしつつ、山田さんの笑顔を取り戻すために、引き続き闘い抜きましょう。