8月下旬から全国の郵便事業会社支店で、社員、期間雇用社員に対する「運転記録証明書」の委任状提出への協力要請が行われている。

  この「運転記録証明書」とは、運転免許証保有者が、都道府県に所在する「自動車安全運転センター」(警察庁所管の特別民間法人で各地の運転免許試験場に支部を持つ・警察官の再就職先として有名)に申請し、過去5年間、3年又は1年の交通事故、交通違反とこれに伴う反則点数、累積点数及び運転免許の行政処分の記録について照明を受けるもの。

  「自動車安全運転センター法」(昭和50年施行)では、その業務として「運転免許を受けた者の自動車の運転に関する経歴に関わる内閣布令で定める事項を記載した書面を、当該運転免許を受けた者の求めに応じて交付すること」(29条)とあるように、この「運転記録証明書」は本来は免許保有者本人が申請するものであるが、自動車安全運転センターでは「運転記録証明書の活用効果」と称して、6年以上の継続的な活用で交通事故は約25%、交通違反は約20%減少したと宣伝している。
  つまり今回過去5年間の記録を申請したらまた5年後に委任状を取りつけ取得することとなる可能性大なのである。

  同センターではこの証明書に基づき「安全運転診断サービス」を実施しており、参加企業へのアンケートによれば「企業分析サービスの有用性」について98%が「有用である」と回答を寄せているという(846社)。
  センターが運転記録証明書の発行で得る手数料は一通につき700円、「安全運転診断サービス」も合わせると、かなりの収入源になっていることは間違いない。
  5年前に認可法人から特別民間法人となった同センターが「安全運転対策」を名目に安定した収入源として企業向けの安定運転診断サービスを実施、その一環として「本人から委任を受けて企業等が一括して申し込むことも出来ます」と自動車安全運転センター法に抵触した感がある企業向け記録証明書「営業」に乗り出したのである。

  ちなみに今回郵便事業会社が負担する申請料は少なく見積もっても全体で1億円は下らないと見られる。

  日通との統合条件?

  郵便事業会社は今回の目的に関して「当社の交通事故発生件数は年間1万件を超えており、台比あたりの事故件数は大手運送事業者の3倍以上」と強調しているがこれは今に始まったことではないはず。なぜ、急にこの時期に「運転記録証明書の活用」を言い出したのか。

  「Gマーク取得のためには運転記録証明書の取得が必要」と述べていることから分かるように、この取得は明らかに来年4月に迫った日通との小包部門統合を意識したものである。
  「Gマーク」とは安全性優良事業所認定を意味し、事業者の安全性を評価、認定し認定機関(全日本トラック協会)が公表するというもので、9730事業所のトラックがマークを付けているという(本年1月現在、全事業所数での認定取得率は11.3%)。

  郵便事業会社は「運輸・物流企業として運転記録証明書を社員に提出させる扱いは一般的であり、Gマークを取得することによる荷主への信頼度を向上させている」と、あたかも運転記録証明書提出―Gマーク取得があたりまえのようにしているが、現在大手物流企業で大手ではGマークを取得しているのは日本通運とヤマト運輸の二社のみと言われ、「同業他社ほとんど」というわけではないし、このマークが貼ってなければ走れないわけでも、マーク取得企業は営業停止にならないという保証もない。
  おそらく日通との統合交渉の中で、郵便事業会社に「運転記録証明書提出―Gマーク取得」が条件として出され、二つ返事でこれを了承したことは想像にかたくない。

  これで交通事故は減少するか

  会社は交通安全対策の一環として今回の施策を実施するとしているが、前述の安全センターの「効果あり」の具体的根拠はなにもない。
  「車両の昼間点灯」や「一時停止の徹底指導」等、会社はこの間交通安全対策を取り組んできたが、「事故の増加傾向に歯止めがかからない状況」として、施策を実施するという。増加原因が何によるものなのか、会社はその分析をせず、対処療法的に運転者個人の意識変革に求めようとしているのではないか。

  集配センター化、2ネット、早朝配達など矢継ぎ早に実施される施策により車両の走行距離は飛躍的に伸び、労働者は疲弊している。
  その上に大量の定形外郵便(変形ゆうメール)や配達記録郵便の急増、そして人減し、残業のしめつけ。JPSという名の生産性向上の掛け声により、安全よりスピードが要求され、結果として交通事故が増加しているのではないか。
  こうした分析も反省もなく、ただ労働者個人に責任を転嫁しようとするのが今回の施策である。

  明らかなプライバシー侵害

  「運転記録証明書の提出は任意であり、業務命令ではありません」「提出された運転記録証明書は管理者限りの情報です」というが、はたしてどうか。

  「任意」といいながら、「委任状を期日までに提出しない運転者には管理者が個別対話を実施します。個別対話実施後も、委任状の提出する意思のない運転者に対しては、管理者は過去5年間の違反の有無及び提出を拒む理由を確認し記録します」と、脅迫ともいえる文言で提出を求めるのだ。
  さらに今回の提出協力は現社員だけでない。
  「今後、新規期間雇用社員については応募の際に運転記録証明書の持参を求める」として、これからは証明書提出が採用の条件となるのである。

  JP版「日勤教育」

  「過去5年間に交通違反はあるけど、提出しないで個別対話を受けるのはどうも」と任意提出に応じた運転者には新たな「教育」が待っている。
  「委任状を提出した運転者の運転記録証明書の証明内容に基づき、違反・事故歴を確認し、教育を継続的に実施します」というのだ。
  「教育」という言葉ですぐ連想するのは、あのJR西日本の「日勤教育」である。わが社でもいくつかの支店で交通事故を起こした社員に対する見せしめともいえる「お立ち台」(朝のミーティングで社員の前に出され事故の反省を述べる)が行われているように、今後違反・事故歴のある者には管理者による継続的、執拗な「教育」が行われることは間違いない。

  会社は事故の原因を社員個人の資質・特性に求め、責任を社員に被せようとしている。それを強調するために私生活での事故・違反歴まで持ち出し追及しようとしているのだ。
  まずは多発者に攻撃の焦点をあてあたかも個人に問題があるかのような印象を与える、まさに「日勤教育」である。

  いくら「人事評価及び問責を問うものではありません」といっても実際は、仕事以外、それも過去の違反・事故歴が問題とされるのだ。
  さらに取得した個人情報が「管理者限りの情報です」と強調しても、「継続的教育」が行われれば公然に分かるし、「管理者」といっても範囲が広く個人情報が一人歩きする危険性は十分にある。

  深刻さを理解しないJP労組

  JP労組はこの提案を7月22日に郵便事業会社から受け、当日「中央交渉情報郵便事業第14号」で「情報提供」として各支部に発信した。
  文書では会社の説明内容を記述した後、こう記している。

  「本部は、今回の運転記録証明書については、個人のプライバシーに関わる重要情報に当たり、非常にデリケートなことも想定できるとし、フロントラインにおいて関係社員が理解と納得ができるよう、より丁寧な社員周知及び管理者指導を強く求めました。
  これに対し会社側は『本施策は社員にペナルティを課すための施策ではないし、今回の扱いで過去の交通違反等を潮って処分を出すことが目的ではない。リスクを回避し、絶対に営業停止という事態を招かない、未然防止の観点からも理解願いだい』としており、実施に当たっては『個人情報の最たるもので丁寧に社員説明を行うよう詳細(具体的)な指導文書をもって支店指導を行いたい。また取得後の情報管理・プライバシー保護についても人事記録同様の扱いとする』とし、組合側の主張をふまえ取り組んでいきたいと回答を示しています。
  運輸・物流企業に対する安全対策は厳格に求められているところであり、今回の施策については、社員の交通安全に対する動機付けや企業の社会信用度に繋がるものと判断しますが、丁寧な取扱が必要となることから各機関においても行き違い等、生じないよう経営側との意思疎通に努めて下さい」

  会社説明を鵜呑みにし、問題の深刻さを理解しない労働組合。
  「日勤教育」を黙認し、大事故を招いた労組と同じではないか。

  こうしたなか、9月1日から実施される運転記録証明書提出は現場に大きな不安と混乱をもたらそうとしている。 
  「伝送便08,9月号」より