長編恋愛小説 水たまりの中の青空 ~第一章~(四十八) | toshichanのブログ

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【遅れてきた新人】の、内山敏洋 と申します。 蔵の中に溢れかえっている作品や頭の中に湧き出てくる作品を“どんどんと!”と、考えております。

「仕方ないねえ、こればっかりは」
乗り合わせていた老紳士が、小夜子に声をかけた。

「心配することなんか、ちっともありませんよ。この中は、ビックリ箱ですからねえ。
見て回ってごらんなさい、二時間なんてあっという間ですよ」
と、連れの老婦人も優しい笑顔で声をかけた。

「そうですよね。全館見て回ったら、あっという間ですよね。」
嬉しそうに、正三が答えた。
しかし小夜子の表情は、固いままだった。

「このまま、五回まで行き、ます、か?」
「勿論です。他の階は、ショーの後にでも回ればいいでしょ。
良い席が取れなくなるとイヤですから」

「なる程、それもそうね。良い席はすぐに埋まりますからね」
老婦人が、小夜子の横顔を見て頷いた。
一点を見つめ続ける小夜子に、意思の固さを見る思いだった。

「三階でございます、紳士服専門の階でございます。山下さま、ご利用ありがとうございます」
深々とお辞儀をして、老夫妻を送り出した。
他の客たちも全て降りており、乗客は小夜子たち二人になった。

「あゝ、肩凝っちゃった。今のお二人、大のお得意さまなの。
すごく気を遣うのよ。あら、ごめんなさい。こんなこと言っちゃいけないんだわ」
思いもかけぬ気さくな話し振りに、小夜子もつい本音を洩らした。

「そうですか、それで威張ってたんだ。真ん中にデンって、陣取っちゃって。
近寄りがたかったですね、ほんと。
他の人も、変に気を遣ってるように見えたし」

「ふふふ。どうします? 五階で、いいかしら? 二時間って、結構長いわよ」
「いいんです、五階で。何だか疲れちゃって。」
「人いきれしたのかもね…」