「仕方ないねえ、こればっかりは」
乗り合わせていた老紳士が、小夜子に声をかけた。
「心配することなんか、ちっともありませんよ。この中は、ビックリ箱ですからねえ。
見て回ってごらんなさい、二時間なんてあっという間ですよ」
と、連れの老婦人も優しい笑顔で声をかけた。
「そうですよね。全館見て回ったら、あっという間ですよね。」
嬉しそうに、正三が答えた。
しかし小夜子の表情は、固いままだった。
「このまま、五回まで行き、ます、か?」
「勿論です。他の階は、ショーの後にでも回ればいいでしょ。
良い席が取れなくなるとイヤですから」
「なる程、それもそうね。良い席はすぐに埋まりますからね」
老婦人が、小夜子の横顔を見て頷いた。
一点を見つめ続ける小夜子に、意思の固さを見る思いだった。
「三階でございます、紳士服専門の階でございます。山下さま、ご利用ありがとうございます」
深々とお辞儀をして、老夫妻を送り出した。
他の客たちも全て降りており、乗客は小夜子たち二人になった。
「あゝ、肩凝っちゃった。今のお二人、大のお得意さまなの。
すごく気を遣うのよ。あら、ごめんなさい。こんなこと言っちゃいけないんだわ」
思いもかけぬ気さくな話し振りに、小夜子もつい本音を洩らした。
「そうですか、それで威張ってたんだ。真ん中にデンって、陣取っちゃって。
近寄りがたかったですね、ほんと。
他の人も、変に気を遣ってるように見えたし」
「ふふふ。どうします? 五階で、いいかしら? 二時間って、結構長いわよ」
「いいんです、五階で。何だか疲れちゃって。」
「人いきれしたのかもね…」