試合に負けると、悔しいですか?
ですよねぇ。
では、一体、何が悔しいですか?
その悔しさの持って行く先は、何処ですか?
ただ単に悔しいと思っただけでは、そこで終わりです。
せっかく悔しいと思ったのですから、それを先につなげて行かなければなりません。
漠然と“悔しい”と思っても、その正体を知らなければ、いつまでも、悔しい思いをするだけです。
一体、何が“悔しかった”のでしょうか。
試合に負けた事ですか?
それは、得点が相手より少なかったことですか?
それは、失点が相手より多かったことですか?
それとも、………………
この、何が悔しかったかによって、その“悔しさ”の向かう矛先が違ってきます。
私は、試合に負けても、そんなに悔しいと思った事はありません。
ただ相手(私はセンターでしたので、相手センター)にナイスプレイをされた時、
自分の不注意で相手に得点された時などは、悔しい思いをしましたね。
私は、勝ち負けを考えるのはガードの役目と思っていましたから、それ程気にしていませんでした。
そう言や、負けた時、ガードは悔しそうな顔をしていましたっけ。
しかしその後、ガードは皆を集め、何がいけなかったのか、何が足らなかったのか、
話し合いを持っていましたね。
そうなんです、“悔しさ”は、次のステップに進むための足掛かりにならなければいけないのです。
“悔しい”を辞書で引くと、
「自分の受けた挫折感・屈辱感などに諦める事なく、もう一度やり遂げたいと思う気持ちに駆られる」
となっています。
ですから、その挫折感・屈辱感が何によるものかを、考え、見つけねばなりません。
そうすることによって、次に何をすればいいかが、見えてくるのです。
最近は情報化社会ですから、トップ・アスリートの「負けて悔しい」という言葉も、よく聞きます。
しかし、混同しないでください。
彼らは、壮絶な練習をして来ているのです。
そして「これだけの練習をしているのだから、負けるはずがない」という自負があるのです。
だから、負けたことで、その練習が報われなくなって、悔しがるのです。
さて、私たちは、どれだけの練習をしてきたのでしょうか。
何処のチームにも負けない練習をしてきたという自信がありますか?
あるのならば、“悔しがる”資格があります。
しかし、そんな練習をしているチームは、そうありません。
ならば、自分の出来る事をすべてやって負けたのなら、悔しがることは無いのです。
もし“悔しさ”が湧いて来たのなら、それは、出来る事が出来なかったからではないでしょうか。
「お前は、それだけの人間か?」
と、自分をよく知る“内なる自分”から、責められているのかもしれません。
だから練習で、出来るのに出来なかった事を、減らすようにしてください。
やろうと思えば出来るのですから、後は意識の問題だけです。
必要な場面で、必要な情報が上って来る、これが、上手い下手を分ける分岐点です。
だから練習の時、これはどの場面で使えるだろうか、想像しながらして欲しいと思います。
あるいは、たとえ一人でやっていても、周りには、あと9人いると思ってやってください。
練習を、試合の中の一部として捉える事で、次第に、試合中に使えるものになって行くのです。
同じ“悔しさ”は、二度と味わいたくないでしょう?
なんとなく“悔しい”と思って、それで終わりの人は、練習もなんとなくやって、終わっています。
ですから、試合になっても、使えないのです。
そしてまた、同じ悔しさを味わう事になるのです。
“悔しさ”をバネにして、自分を磨いてください。
くれぐれも、チーム内に“悔しさ”の矛先を向けるようなことはしないでください。
チーム内に、敵はいません。
ライバルはいても、敵はいません、仲間だけです。
“悔しさ”を共有して、より高い所を目指してほしいと思います。
余談1
私は、“勝ち試合”に、あまり重きを置いていません。
“勝ち試合”は、全てが上手く行ったから、勝てたのです。
そりゃ勝てば気持ちいいでしょうけれど、“勝ち試合”は、欠点がマスクされています。
大事なのは、最後の大会であって、それまでに欠点を一つ一つ潰して行かなければなりません。
そのためにも、自分たちより強いチームと試合するのがいいと思います。
「負け癖がついて、消極的になる」のは、その趣旨を理解させて無いからではないでしょうか。
最後の大会で、“悔しい思い”をしないためにも、今の“悔しさ”を生かしてほしいと思います。
余談2
この“どこにも負けない練習”と言うのは、時に、体の故障を伴います。
それ程の練習をする必要があるのでしょうか。
特に、体の出来上がっていない小学生や中学生にそれを強いるのは、私は疑問に思います。
ましてや、“勝ち”を餌にして、それを行うなんて言語道断です。
そのため、ケガを隠して悪化させ、せっかくの才能が潰れて行く。
そんな悲しい姿を、私は、見たくはありません。
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