カオスの夜明け -21ページ目

カオスの夜明け

もうカオスな自分の身の回り。

仕事できない、散らかる部屋、良い年なのに貯金も少ない。

ブログで客観的に生活を見直して、立派な社会人生活を送るのだ。

最近、周りの人間の成長に驚かされることが多い。


いまいちだなって思っていた人間から、はっとされられる発言が出たり、感心させられる資料が出てきたり。


それに比べて、自分は伸びていない。


そう思い、不安を感じる。


どうしたらよいんだろう。



傾聴と自分の意見


自分が大切にしている、「相手を理解する」こと。


これを達成するために自分は「傾聴」を大切にしている。


先日、学校で大手商事に勤めてはる社会人の講演会があって、


自分の「傾聴の姿勢」を少し考えさせられるやりとりがあった。


傾聴する中で、自分の意見をどう出すのか。


そう問われて、迷った。


以前の「傾聴」を強く意識しているとき(ファシリテーションにはまっていたとき)は、自分の意見を出さなかった。


理由は単純で、会議を円滑に進めるのが目的であるファシリテーターは、自分の意見を持たない方が都合がよいから。


その代わりにみんなの意見を聞くようにしていた。


でも最近に近づくにつれて、話のはじめに自分の考えてきたことをベースに会議を進め、


その過程で自分の意見と、中立の立場の自分を(自分なりに)器用に使い分けるようになった。


この時期には、一部の人にしか、周りの意見を聞かなようになった。


最近の会議に対する姿勢は、意見を述べる側として参加している。


会議のまとめの意見は出すけど、ファシリはできていない。


なんでこんな風に自分の姿勢が変わっていったのか。


自分の意見が言えないことに対するフラストレーションと焦りから生まれたんだと思う。


かと言って、自分はまともな意見が言えるのか、というとそうでもない。


ファシリに走ったのは、逃げだったのかもしれない。


そうも思える。


「傾聴と自分の意見の出し方」への質問に対しては、相手の話を聞き終わってから、自分の意見を述べています。と答えた。


事実ではあるけど。


回答するときに迷った。


快くは答えられなかった。


自分の姿勢に考えさせられる瞬間でした。