臨床心理士のカウンセリングを受けて2週間。

いろいろ考えが進み、変化がありました。

どうしたら自分の気持ちがわかるか、という相談でした。

 

臨床心理士のアドバイスは、大きく2つ。

1つは、普段、自分がどう感じるか、よく知ること。

もう1つは、これはしたくない、という気持ちを大事にすること。

 

その後、いろいろ考えて試してみました。

なにに関心があるか、わからないことは嫌だと感じること、

知りたくない、知らなくていいと思うことも、知ろうとしていること。

 

カウンセリングの日に、

風呂を沸かしたくないと思ったので、沸かさずに入ったら、

入りたい風呂になって、そんな風呂は初めてで、嬉しくて泣いた。

 

食べたくない時は、食べたくないので食べないことにした。

食べようと思ったものを食べた。

和菓子を買って食べた。水ようかんとか、くず餅とか。

これが食べようと思った食事だ、と思えて納得感が半端なかった。

 

街を歩いていて、この人かわいいと思われたいんだろうな、

という人には、かわいいと思わないと、と考えていたが、

それをやめ、興味持ちたくないので見もしなくなった。

そうしたら、街をただ楽しむために歩けるようになった。

若い奴らや子どもには、まあ若いからな、という視線にし、

歩き方が不自由そうだったりヘルプマークつけてる人には

特に周囲を注意しながら、注目するようになった。

 

あと、SNSを消した。教会から離れた。

今まで出会った人のうち、心に残っている人たちの名前をリストアップしたら、

結構な数挙がって、多くの人と出会ってきたんだなと感じた。

 

そうするなかで、自分の命を大事にするには。

と考えた時、ある言葉を思い出した。どこかで聞いたことがある言葉だった。

「命と向き合うには、まず食を調えなさい。」

 

われらの日用の糧をきょうもお与えください

とクリスチャンは日々祈るのだが、

あまり実質的意味を持って祈ったことがなかったと正直にここに告白する。

イエスがパンを裂き、弟子たちに与えた、という食卓は、

喜びに満ちたものだったと伝えられるが、

なぜそれが喜びだったのか、皆目見当がつかなかった。

 

イエスが、あらかじめ分け、弟子たちもその分前で満足した、

取り合うことをせず、奪わず、争わないよう、

あらかじめ取り分けて、与えられた分量で満足した。

そういうことだと思った。

 

それで、わたしに与えられた分前を考えた時、

自分でできる食卓、弁当は何か、考え直そうと思い、

妻のレシピ本を借りて読み、スーパーへ出向き、普段買わない、とある食材を買った。

それは、だし用昆布と煮干だった。

 

水だしの取り方をレシピ本で学び、

要するに、一晩水につけておくのだな、ということで、

買った昆布と腸を除いた煮干を、それぞれ別のガラス容器に水と共に入れ、一晩おいた。

翌晩、だしが出ているのを確認し、味噌汁にしてすすった。

うまかった。普段のよりも微妙な違いだったが、確かにうまかった。

 

翌日も、その次の日も、水だしを取った。同じ方法で。

取った昆布は、調理鋏で切り、味噌汁に入れて食べた。

健康になった気がするし、余計なものを食べなくなった。思考も活力も冴えた気がする。

 

命と向き合うため、だしを取ることにした。

わたしが存在する感じがする。かなり確かな感覚で。

日用の糧として、神が与えたこの昆布と鰯。

明日もだしとなってわたしの活力となるべく、今も冷蔵庫で浸かっている。

前回は、20歳で逮捕された時、留置所での生活が、

わたしの人生の原点である、と書いた。

人権が徹底的に守られていて、わたしがいることが許されていると感じたからだ。

 

きょう、近所の大きな墓所に、夕方散策で行ってきた。

晴れていたので、夕日が地平線の少し高いところで焼けていた。

直線的な墓石や碑が、櫛のように密集して見える高台に、しばらく居た。

 

なぜこの墓地に行ったかといえば、

日本の戦後復興時代の首相を担った人物の墓があると聞いたことがあったからだ。

結局、17時をすぎていたので、茶屋はどこも営業終了し、尋ねることが叶わず、

その人物の墓は見つからなかった。

わたしはクリスチャンなので、合掌するつもりなどはないが。

 

昭和が嫌われている今の言論空間を、

わたしは、実はよく思っていない。

なぜ昭和をそんなに毛嫌いするの。

戦争?物質主義と不況?女性差別?

そうだろう、そりゃ。

でも、それで昭和からなにも引き継がなくていいのか。

 

ただ反省すべき時代と捉え、なにも学ぶところがない

と考えるなら、それは愚かな態度だと思う。

よく聞くのは、忠告や小言を聞かない態度をとる人。

考え直したらと思う。

忠告や小言をあなたに言った理由が、あなたやそれを言った人にはあるのです、

その背景や前後から、学ぶことや考えることは多くあるはずで。

 

わたしは教会で、80代90代の教会員と、

幸いよく交流できて、多く話したし、多くを感じ取ってきた。

すごく深く感銘を受けた言葉もある。

そのまま学んだこともあるし、反面的に考えさせられたこともあった。

その世代の人物を知り合う機会を得たことは、

教会へ行って心からよかったことだと、今も思う。

精神の財産になっているから。

 

それで、確かめたのは、

もう一度、昭和から学びたい、という気持ちだ。

別に、保守や右翼に加わろうとか、懐古趣味とか、そういうのではない。

平成令和の情報空間だけでは、

わたし、もう息もできない。

わたしが誰で、なにで、世界や自然や言葉がなにで、

そういうことが、なにもまっさらすぎて、生きていく精神が持ててない。

 

わたしは日本で生まれ育ち、

日本から出ないで教育を受けた、

そういうバイアスがかからざるを得ない、一介の日本人だ。

性質としては、闘うって阿呆くさすぎると、心底思っている人間だ。

これは生涯変わらない性質だ。

 

そういう人間として、社会で行動し、ものを捉え、世界を考えるには、

憲法を学びたい、と思うに至った。

わたしを、生きていていい、と感じさせた、生まれて初めての存在。

それをもっとちゃんと知りたいのだ。

 

わたしは別に、保守とか右翼左翼とか党派とか、

なんも興味ない。所属したくない。むしろ、

そのへんのバランスをとることを心がけ、

慎重に学びたいと思っている。

 

憲法の本を、基本の文献2冊、注文した。

教科書なのだろうけど、試験用とか実用一般向けの本ではない。

ちゃんと学ぶための文献だ。

 

わたしは哲学書や文学を原典で読む人間である。

人がどう解説していても、自分で解釈したい人だ。

昔からそうだ。

そういうわけで、一から学ばせてもらいたい。

人は社会で生きる中で、幸福について悩む時があると思う。

わたしは幸せか、満足しているか、感謝しているか。

そういう時はいつも、わたしはある考え方により、瞬時に悩みが消えている。

それを「娑婆論法」と呼ぼう。

 

娑婆とは、世、この社会のことで、

出所した人がよく口にする言葉だ。

わたしは20歳で逮捕され、送検され、釈放された経験を持つ。

なにをしたかといえば、深夜の港で自死しようと包丁を持っていたのを

警察に見つかったのである。

 

わたしを逮捕した警察官は、

顔面蒼白のわたしを見て、保護の目的で逮捕した、と

後に話してくれた。

というのは、わたしが娑婆に出てから、年に数回、

わたしはその警察官に会いに署まで、2年くらい訪問していた。

敬慕私淑していた、と言っていい。

よく季節の味覚の話、わらびなどの山菜や、きのこの話をしてくれた。

 

留置場での生活は、基本的人権が徹底して守られていた。

部屋と寝具、3食が提供される。

房にはお手洗いがあり、入浴の時間も限られているがある。

本も借りられる。わたしは、アルジャーノンに花束を、を借りて読んだ。

 

3食は、費用にすれば市販価格で1食300円に満たないものだが、

近所の製パン工場から直送の、朝出来立てのパンだった。

アルジャーノンの話は、脳を壊していたわたしには

自分のことが書いてあるようで、不思議と涙は出なかったのを覚えている。

 

要するに、この房での生活は、人権が装置として意識的に守られているために、

こういうのも非常に難だけど、今までで最高の生活だった。

物がないのに買えないし、時間の使い方も制限され、行動は完全に拘束される。

でも、わたしには、最高の暮らしだった。

 

この経験から、わたしはいつも、

この房での暮らしと比べて、今の暮らしはどうか

と考えるようになった。

これが、娑婆論法と呼びたい考え方だ。

 

例えば、書斎で軽く冷房をつけて、ダークチョコレートのかけらを食べながら、電子書籍を読む。

これを幸せで満足して感謝できるか、と問うとき、

書斎が与えられ、1人で過ごせて、自由に過ごし方を決められる現在が幸せなのだ。と思える。

室温を自分で調節でき、快適な服があり、楽な椅子に座れるのは自由で満足をもたらす。と思える。

口にするものを選択でき、自分で決めて買った読むものが手元にあるのは感謝である。と思える。

 

幸福も満足も感謝も、それが欠如した状態からの上昇としてなら、認識しやすい。

そして、幸福も満足も感謝も、人生の究極目的ではない。

それらは生きる時間を多少マシにしてくれる、気楽にしてくれる、

暇つぶしの人生を無理なく過ごせるようにしてくれる、程度のものでしかない。

なにがなんでも追い求めるようなものでない。それほどの価値はないと思う。

 

幸福、満足、感謝に溢れる時もあるものだけど、

平常としては、確かで堅固な基礎、みたいに感じられる。

それが本当の幸福・満足・感謝であると思う。

 

娑婆論法によって、わたしは心の基礎を固められた。

別に自分を不幸だとは思わないし、不満はいつもないし、感謝は自然とできる。

大仰に求めたり表現するものではないことも弁えている。

 

誰でも、辛く理不尽な経験をすることはあると思う。

でも、一度底を見て、しかしながら守られて生きていた、という事実を経験した人は、

この娑婆論法に近い見方を持つことで、人生を固く踏み締められるようになっている

と、わたしには思われる。

3月で脳の病の治療が終わり、

その後も、脳の状態は病的なものではなくなりました。

寝る前に最小用量の4分の1を内服するだけで済んでいます。

 

なぜその最少の1錠を飲んでいるかといえば、

医師によると、ストレスを軽減するためという。

 

実は、5月に難聴になってしまいました。

耳鼻咽喉科で聴力を測定すると、

普通の会話がなんとか聞こえる程度まで下がっていました。

これは一時的なものだったようで、

今は100%ではないですが、だいぶ聞こえるようになっています。

健聴だった時の8割以上は聞こえている気がします。

 

また、6月に失声症になりました。

声が出なくなりました。

難聴が回復しつつあった後だったので、

これには驚きやショックが大きかった。

今は、掠れた声、小さな声ですが、出るようになっています。

 

今は、腸の調子がおかしくて、

明日、消化器内科にかかります。

3日間、大小の便が作られていなくて、

変な状態のものが1日8回くらい出るだけです。

頭痛とめまいもします。

大事には至っていないといいのですが。

 

これらは、いずれもストレスによるものだと医師は言っています。

そこで、カウンセリングを受けることにしました。

臨床心理士を持つカウンセラーに申し込み、

昨晩、第1回を終えました。

 

カウンセリングというものじたい生まれて初めてでしたが、

自分の昔の話をして、質問に答える感じで進み、

終盤でとてもいいことを聞けました。

 

自分の気持ちはどうしたらわかるか、

喜びとは何か、自分はどんな人か、という主題で進みました。

するとその中で、やりたくないという気持ちを大事にする、と言われました。

食べたくないんだから食べなくたっていい。1日ないし1食くらい。

 

終了後、風呂に入りました。

わたしは、風呂を沸かしたくなかった。

浴槽に張られた湯は人肌よりかなり温かった。

それでも、わたしは沸かしたくないんだから沸かさずに入った。

そうしたら、その風呂はわたしが入りたかった風呂だった。

涙が出た。

 

したいようにできるのだから、したいようにする。

周りがどうとか、知識上こうだから、と自分の気持ちではないものに

従わなくていい。ある程度は、ですけどね。

 

こうして、わたしは少しずつ、自分の気持ちに従う生き方を、

日々学んで体験するようにしています。

カウンセリングもまた受けようと思っています。

わたしは10年あまり、プロテスタントの教会で礼拝に出席してきました。

休んだ日数は両手で数えられるくらいです。

でも、7月7日の礼拝を最後にすることにしました。

 

理由は考えればいくつもあるし、

考えてはいけない理由もいくつも言えます。

でも、わたしは教会を離れることにしました。

 

牧師に指摘されたのですが、わたし10年礼拝に出たのに、

わたしは聖書を全然理解していないそうなんですね。

わたしとしても、もう理解できる見込みもなく、礼拝後に悩みを持ち帰っていた10年間、

精神的な限界が来ていました。

疲れてしまったんです。いや、疲れを自覚できるようになった。

 

わたしの中から、聖書に関して理解していたことを

徹底的に排除したいと思います。

わたしの誤読に過ぎなかった理解なのだろうから。

わたしの思考や精神をただ縛り、不自由にするだけだったから、

そんなものが聖書ではない、みたいな趣旨なんだろうと思う。

 

10年前に洗礼は受けたのですが、

悔い改めて信じますと言ったわけではなかった。

聖書のことはいずれわかるようになるだろう、との軽い考えだった。

10年後、わかるようになったどころか、何もわからないことだらけになった。

 

実は、この10年で、他にもわからなくなったことが多い。

科学の精神をまず失った。数学的思考力も壊れた。言葉に対する知識や感覚も消えた。

社会常識もわからなくなった。総じて、この世のことに疎くなった。

そして、自分がどんな人なのか、ということさえ、今、何もわからない。

 

宗教には洗脳性があることはわかるが、

今、離れてみると、色々とまともな感覚が回復してきていて、

消され抑え込まれていたものが、やっと戻ってきた、という感じだ。

 

今は、何が楽しいかとか、嬉しさや喜び、そういうものがなく、

というか、だいぶ長いことない、と振り返って思う。

忍耐や辛抱ばかりで何も言えないし考えないと、

クリスチャンとはいえ、おかしくなってしまうと思う。

ましてや、わたしのように理解していないような人には、無理なことだ。

 

多分、今年はもう礼拝に行くことはしない。

クリスマスやイースターであっても。

ひょっとすると、これから長い間、礼拝には行かないかもしれない。

教会籍はあるけど、遺骨は海洋散骨を希望しようと思う。

 

教会を離れて、教会の人たちは悲しむと思う。

でも、わたしは限界だった。

教会のせいではなくて、わたしが理解できなかっただけだ。

前回は、アセクシャルに分類されるわたしが、

世の中の人から性欲が消えてなくなってくれればな、

と実は願って生きている、という内容を含んだ記事でした。

 

これは実現してほしい、などと願うものではないです。

性欲は確かに、言ってみれば神さまが人間に作り込んだ機能ですから、

これを無くすなんて、冒涜に値する思いでしょう。

 

でも、わたしは、性欲が、自分からきれいに消え去ってほしい

と常に願っています。

おそらく、わたしが何か作ったりここで書いたりするのも、

そういうエネルギーの発散、ないし昇華だと言われていますから、

わたしに性欲がない、のではないのでしょう。

でも、わたしは性行為に対する非常に確たる嫌悪感があります。

 

わたしは、結婚してから、妻に自涜の方法を教わりました。

男の自涜です。

健康のために、週に1回くらいはしなさい

と言われました。


確かに、それから、精神病の症状が改善したような気がします。

回復と時期が重なるので。

自涜さえ知らなかったことが、精神病の悪化に関与していたのかもしれません。


それでは、アセクシャルのわたしが

ふだん、どのように自涜しているか、について書きます。

まあ、読者は興味本位でしょうから、そんな人もいるんだ、くらいで。

 

妻と、性行為したことは、ないです。

新婚の時、妻が好奇心からわたしに何かしたことはありましたが、

妻もすぐ満足したようで、その1日だけでした。

 

わたしももうすぐ40年近く生きていることになりますが、

女性の身体の中で射精したことは、一度もないです。

これからもずっとそうでしょう。

 

わたしがモテなかった、というわけではないです。

恋愛をした女子は5人はいましたし、

4人とはデートしました。


告白も3回して、2回OKされ、

うち1回は振られ、1回は結婚に至りました。

なので、むしろ恋愛経験は今の感覚では豊かなほうかもしれない。

 

自涜は、DMMで安いのを選んで1度買い、それをずっと使っています。

ああ、1週間くらい経つのか、と、仕方なく見てやる感じです。

これが無かったらな、といつも思います。

 

わたしは、見えてしまうと、ダメなんです。

いつも、女の人の下着が見える状態、あるいはそれが動いている状況で、

なんとか出せる、という感じです。


骨盤の骨格が、素敵だなと思って、やっています。

勃起は、ふつうにします。 

ただ、上下関係なく、身体が見えてしまうと、もうそこで見るのをやめます。

 

別に、女の人の身体が嫌いとかではないんです。

美しいと思います。

でも、それをどうにかしようという思いは、わたしにはないです。


例えば、女性の裸の身体を眺めるくらいなら、できると思います。

でも、それを目にして何か思いが生じることは、ないですし、

身体やそのどこかに対して何かしようとは、わたしはどうしても、思えません。

 

今までそう思えないことを悩んだりしてきました。

愛していないということなのか?とか。

でも、わたしはもうはっきり、わたしはそう思わない人だ。と断定しました。

わたしは妻を愛せていますし、女の人は嫌いではなくむしろ好きなくらいです。

 

妻は陰茎を切り取ってしまえと冗談で言います。

その陰茎を食べてみたいとも言ってます。

わたしは笑って、いずれはそうしたいよ、などと言っています。

痛いのは絶対に嫌ですけどね。

 

仲の良い夫婦で良かったです、ほんとうに。

このブログは、興味本位で見にきている方のために

わたしに関する情報を紹介して応えているものなので、

求める興味に貢献する内容にしたい、という目的でやっています。

 

前回の、性嫌悪に関する記事が、かなり長いこと読まれて意外でした。

分析では、30代から60代の女性が8割で、夜遅くが6割でした。

それで考えたのですが、


おそらく、性行為に嫌悪を抱いている女性が多いのではないか。

実は性行為なんて少しも好きじゃないし、できれば避けたいのに、

世の男は求めてくる。

なのに、このブログ主の男は性嫌悪だという。

しかも、奥さんと2人で仲良く暮らしている。

どういうことだ?

という興味だとわたしは分析しました。

 

ここから、わたしは、

このブログを、性に嫌悪感を持つ男の生活について

をテーマに加えようと決めました。

 

元の主題は、統合失調症から寛解して治療が終わった後を紹介するものでしたが、

それもアクセスは多いので続けますが、

わたしが病んだ原因のひとつでもある、性への嫌悪についても、

このブログで書いていこうと思います。

 

性に関することを嫌で避けるような人を

LGBTQの枠では「アセクシャル」と分類するそうです。

Wikipediaなどに載っている定義を読むと、わたしは全く当てはまります。

 

まあ、アセクシャルに分けられる人でも、

いろんな性事情の方がいると思いますから、

このブログに書かれたことは、あくまで、ある一例だと思ってください。

 

そもそも、LGBTQの話題って、

もちろん何かの社会的な不利益を被っているなら、

憲法で保障されている限り、法律を変えていくべきだと思っています。


でも、それを訴えるには、自身の性について世の中に公表しなくてはならなくて、

それはすごく危険で恥ずかしさも感じさせられることだと思います。

だって性の指向性や性自認などについて、ふつうプライベートであるべきところを、

公にしなくてはならないのですから。

そこまでのリスクを負っても、訴え勝ち取りたいものがあるのでしょうから、

勇気がある人なんだと思います、少なくとも。

 

わたしは、そもそも誰と性行為したい、という思いがないので、

性的指向や性自認と言われても、

まあ、わたしは男やし、女の人は好きやね。妻も女やで。

くらいです。別に特別でもないですよね。


それで、男が男と性行為したり、女が女と性行為するのは自由やと思うけど、

わたしとは金輪際せんどいてな!

と常々願っています。


なので、LGBTQの人たちを、正直、ちょっと怖いな、って思ってます。

ただ、この思いは、愛を告白された時の思いや、

よくある性欲が強い人とか性行為に誘われた時の思いと同じです。

別に、LGBTQの人たちに限った話ではないことを断っておきます。

 

要するに、わたしは、生活から、あるいは人生から、

性行為がきれいに消えてくれればいいな、

といつも願って生きているのです。

 

人間性から、性欲がなかったら、いいのになあ。

といつも思っています。

なので、性行為によらない妊娠の技術は、

かなり希望を持って応援してます。

といっても、わたしたち夫婦は子どもは持ちませんけどね。


先日妻に、改めて、

子どもを持たないで生活していくことを確認しあいました。

妻には、両親や義理の両親に、子どもを作らないことへの思いは何もないとのことです。

すごく安心しました。


常識的に考えても、全員が結婚して子どもを持てるわけではないですし、

その理由は問われないものですよね。

結婚しない親族も実際にいます。

そりゃそうだと思い、納得し、安心しました。

 

聖書に、産めよ増えよ、みたいな箇所があるので、

クリスチャンであるわたしたち夫婦は、

ここをどう読めばいいか、は、もう少し考えたいテーマです。

 

ということで、今回はこの辺りで。

ずっと気にしていることが私にはいくつかあります.

そのひとつが,性に関することです.

性と言っても,性的なこと,性欲とかですかね.

 

結論から言うと,私は,性的なことが嫌です.大嫌いです.

避けています.ただひたすら避けてきました.

そういう話になると私は黙ります.

 

子供を見ると,かわいそう,と思う.

これが私の中でなぜなのか,まだ分析しきれていない.

子供はかわいいってなぜ思えないのか,悩むので,

子供を見るのを避けてきました.

子供の話題になると,私は子供は嫌い,と場を濁してきました.

でも,嫌い,とは違うのです.かわいそう,なのです.

 

子育てしている人たちや,親になる人ってすごいなと思います.

でも,結婚に性的なことを求めるのがふつうです

とよく書いてあるのを見て,

嫌なことをして子供を産む人は少数派なのだろうか

と思うようになりました.

皆,嫌なことをして子供を産む偉い人だと思っていたので.

 

私たち夫婦は子供がいません.

性的なこともしません.

結婚後数日は好奇心から何かした気がしますが,

それ以来いわばセックスレスです.

でも,それで何も問題なく仲良く10年以上暮らしています.

 

妻は子供を産みたくないとか性欲がないと

出会ってしばらくして私に打ち明けてくれました.

私はこの人となら気持ちよく生活できるかもしれないと感じ,

結婚してその通りになりました.

 

おそらく,妻も私も性嫌悪なのだろうと今は思います.

私はハグもキスも嫌です.

妻も多分嫌だと思うし,何も求めないです.

妻が私のような人と結婚しようと決めた理由を考えると,

妻が性嫌悪であるというのが大きかったのかなと思います.

 

お付き合いしていた時,妻は1人で生きていきたいと言いつつも,

1人では生きたくないとも言って悩んでいましたから,

性的なことをしなくて済む男となら結婚してみたかったのでしょう.

妻としてもそういう面では私で良かったのかもしれない.

 

妻も私も,恋愛はする人です.

妻は恋愛小説をたくさん読む人ですし,

私も恋多き学生生活を過ごしました.

 

でも,私は性的なことが嫌で,

自己嫌悪を克服しようとした時期もありましたが,

結局,無理でした.

 

今は自然と,嫌いな性的なことはしなくていいんだ

と自分を受け入れられたというか,それで許される時代で

生きやすくなりました.

 

性的多様性が言われる時代になりました.

私にはLGBTなどの気持ちはわからないし,

私を好きになられたらと思うと怖いのですが,

私のように性的に変わっている人が,

それでいいのだよ,という生活環境を得ると

悩まなくて済むので,大変過ごしやすくなります.

そういうパートナーはいるので,

そういう人同士で結婚生活をつくることは,

私は反対する理由が何もありません.

 

子供を作らなければ非生産的だから認めない

という論理が国会で存在すると聞いたことがあります.

私は妻と結婚したかったし,結婚して良かったです.

 

憲法で幸福を追求する権利を認めているのなら,

性的多様性それ自体は法的に認め,

それにまつわる問題点について,ルールを作ればいいのでは

と思ってます.

 

同性愛が嫌な人は告白されても嫌と言える,というような点ですかね.

そういう人でも,同性愛を持つこと自体やその人は

別に嫌でもいいし,素敵だと思っても何とも思わなくてもいいわけで.

 

そういういろいろな人たちがいる社会の中で,

同性愛で結婚する人を「認めない」というのは

その人たちの幸福を大きく損なうことだと思います.

 

どう思ってもどう思われてもいいのは当然です.

ただ,その本人がこうであるなら,

あなたはそう生きてはならないと誰が言えるでしょう.

私は2013年にアスペルガー症候群で障がい者になり,手帳を受け取りました.

今は自閉症とか広汎性発達障がいなどと名前が変わりました.

研究者や医師らの間で検討が進められ,名称はこれからもまた変わるようです.

 

私は2014年に結婚した妻と2人で10年間暮らしています.

今は11年目ですね.

いわゆるカサンドラ症候群にはなってないというか,無縁な感じです.

今回はなぜそうでいられるかという話し.

 

そもそも私が妻と出会ってすぐ,私がアスペと診断されたその診療室に,

妻は同席していました.

妻は私がアスペだとわかった上で,お付き合いしてくれたんですね.

 

私も,結婚後にカサンドラの話を知って,

私のせいで妻をカサンドラにしたくない

と日々思いを強くしていました.

 

誰だったか忘れましたが,福祉事業所のスタッフだったかに相談したら,

そう心がける気持ちがあれば大丈夫

と言われた記憶があります.

でも,心ではそう思っても,行動はいわゆるアスペらしいことしかできなかった.

まあ,言葉遣いだけは気をつけましたけどね.

 

今10年一緒に暮らしてみて,

妻がカサンドラにならない理由は,

思い当たることがあります.

 

それは,理解しようと思いすぎないこと,です.

 

聞きすぎ,語りすぎ,思いを優先しすぎ,

私こそこの人の唯一の大事な人になろうと思う,

そういう気持ちって,距離感が崩れますよね.

 

私の妻って,基本,人に興味がない.

というか,自分にだけ興味がある,とよく言ってる人でした.出会った頃から.

自分の人生とか,哲学とか.文学や教養をずっと追求する

センスやモラルの高い素敵な人物です.

 

多分,人に興味がないと言っていながら,

人のためになることを必要な時に言ってくれるし,

簡潔ですが,おおらかでユーモアのある話をいつもする人で,

私は心から尊敬してしまいます.

 

そもそも私のような人と結婚すると決めたのは妻なのです.

妻は結婚してくれたし,家も買ってくれました.

私はずっと頭が上がらないけど,それで全然いい.

 

普段は,ほとんど同じ部屋にいません.

食事も別ですし,料理もそれぞれ好きなものを作って食べます.

たまに食材の融通があるくらいです.

 

財布も完全に別です.

たまにプレゼントを贈ります.

最近は私がよく妻が必要だとか食べたいと言ったものを買ってきます.

 

平日は勤務時間が違うので,

朝起きる時間も帰宅する時間も一緒にならず,

平日で顔を見られる時間はいつも30分くらいです.

私も職場が遠いので,早めに眠らなくてはならなくて.

 

妻は,自分の好きなように生きると宣言してました.

元々1人で生活したい人だったと聞いてます.

子供は産みたくないと知った上で私も結婚しました.

 

ものも少ないし,車や自転車やバイクもない.

猫が1匹いて,服が好きで,お互いが化学を専攻した人なので共通の視点もある.

妻が謝罪を求めたことは3〜4度ありましたが,

妻が許してくれて短期で氷解しました.

 

一貫して妻は,私と気持ちを通じさせようとしません.

人がどう思うかは興味ない,という姿勢を崩しません.

気持ちや考えまで理解しようという発想が,そもそもなさそうです.

 

これが妻がカサンドラから無縁である理由だと,私は考えています.

 

妻はかなり変わった人かもしれない.

賢く分別がある今どき珍しい人かもしれない.

そんな妻のことは結婚してから今までずっと私は大好きです.

 

内実は変わった結婚生活だとは思いますが,

それで何事もなく生活できているのが,

2人がうまくいっているのが,奇跡的で不思議です.

 

結婚生活の形が見出せて,それをうまく形づくれたこと.

それはほとんどが妻の工夫やアイデアでした.

妻は本気でこの人と結婚しようと決意した,

その結果がこの生活なのだと思うと,感謝に堪えません.

 

これからもずっとこの人を大事にします.

1人の人を愛し抜いて終える人生.

他に何か求めるものがあるでしょうか.

私の人生にはないです.

職場の人たちや教会で以前お世話になった人たちに

現在の私の状態を説明したり近況を報告することがあります.

仕事の一環として,あるいは久闊を叙するためにですね.

 

実は私は人に理解される努力を放棄し続けてきました.

完全に放棄してました.

自分でもどうやってもよく状態や状況がわかった気がしなかったので

人に説明できようもなく,

何をわかってほしいかもわからなかった.

 

だから話は聞いてよく笑ったりしていたと思うけど,

自分のことは話さないので

私と会った人には,なんか変わった人と思われていたことでしょう.

ミステリアスと言われたこともあったけど,

それは私自身について私こそ教えてほしかっただけで.

ミステリアスがある種のプラスイメージにもなることはかなり後で知りました笑

 

最近のその説明や近況報告で

やはり説明するのは,つらいというか,つかれるものだなと感じています.

まあこれは仕方ないことです.

心ある人ほど心配したり知りたいと思うものだし,

理解してあげたいと思うような人もいます.

 

私は,全て理解してほしいと思ったこと自体なく,

少しでも理解されるのさえ嫌で避けてきました.

私の理解者は私だけでいい

とずっと思ってきました.

 

でも,それではいけないなと思い直しています.

仕事や知人にとって

自分を理解も説明もできない人を信頼しようと思わないだろうからです.

それはそうだなと自然に考えても思います.

 

なので,少なくとも,自分をある程度自然なふうに理解できるような説明を

持っておこうということにしました.

全てわかってもらいたいと思う日が来るのかもしれませんが,

今はそんな思いこそよくわからないです.

なんでそう思うんだろう.と.

 

社会で自然に話せるくらいのストーリー.

それを今考えているような気がします.

作為や嘘は論外で,私は素直でいられないと持たない人なので,

結構厳しい要求を自分にしている気もしますが,

それがふつうかもしれず,

皆くぐり抜けてきた苦労を今味わっているように思っています.

 

実際,語ってみると,過酷さというか壮絶さを感じたり

言葉に詰まって絶句したりする人もいて,

私ってそんな人生だったのかな

と思うこともありましたが,

私のストーリーをもう少しマイルドに変えれば

そう感じさせなくて済むかなと思い,

今トーンなど表現を模索中です.

 

私の半生は人から見ればふつうではなく変わっていて,

それがつらいと感じたりかわいそうと思う人もわりといるような気もします.

でも,私は自分では納得して平気な感じで生きているので,

私の体験の語りそのものというよりは

少しだけ理解してくれるくらいでいいのではないか

と思ってます.

 

妻はその辺りはよく慣れていて,

いつもおおらかに話してくれて

すごく助かっていますし大好きです.