目に見える体の動きと、その身体を動かす意識には大きなギャップが存在する。
![](file:///var/mobile/Applications/C6936CB9-3C47-4499-BD6C-D1EF31110C1D/Ameba.app/calet_dummy.png)
そこにはベクトルの考え方が介在していると言う。
力学的に釣り合って描かれる軌道。
これを目で見た場合の動きは、実際の骨格と筋肉の動きとは異なる。
つまり、オンプレーンは複数の力が均衡を取った上で生まれる形であり、見た目通りになぞったら外れることになるという。
脇のしまったフォローも脇を締めた結果ではなく、他の動きが適切に機能した結果として脇は閉まった状態になる。
問題は目からの情報は正しい反面で間違っている。ちょうど飛んでいる飛行機の写真みたいなもので、揚力と推力のバランスの上で空間上に位置している事実が見て取れないのと同じ。
そして、明確な分解した動きを正確に動かすことで、一つの形になることを意識したら、これをやってみる。
さらに、動画、静止画に残してみると、全然違う動きに愕然とする。
一つ一つの動きは合っていても、タイミングが違うとでき上がる形は似ても似つかないものになってしまう。
さらに、長年かけて作ってしまった誤った体の動きが、新しいスイングに違和感を与える。
こうなると、正しい動きなのに、気持ちが悪くて仕方がなくなる。
出玉もまともには揃わない。
ミスの連発
これなら、前の方がマシ
そう思った途端に努力は泡と消える。
出玉など気にせず。
ひたすらに、正しい動きを身につける努力。画像を見ては確かめる。
随分練習してコースへ。
もう、以前のスイングには戻らない。
筈??
でも、現実は以前のスイングになって。
これは、心がなせるマイナスの力かな。
余計なことは考えず。
自然な動きで振る。
結果など気にしない。
開き直りで力を抜いて。
頭で理解するまでに悩み。
身体が覚え込むまで悩み。
最後は自分の心と戦う。
悪い染み付いた癖を消すために。
無責任な雑誌を信じた事を、
ようやく後悔し始める。
伝える側は、言葉と文章で表現する。
表現は受け止める側のイメージでも
変化する。
結局、自分でわかるかどうか。
遠い道程
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