2015年 8月 13 日 ハレルヤ!
愛するあなたへ! 今日も命が与えられ、一日が与えられました。全てを私たちの神である主に感謝して、いつも喜んで、絶えず祈り、主と共に歩みましょう!
今日の聖書箇所は箴言章、ルカの福音書章です。共にデボーションしましょう。
☆今日のみことば☆
「なぜ、『主よ、主よ』と呼びながら、わたしに従おうとはしないのですか。」
ルカによる福音書 6:46 JLB
http://bible.com/83/luk.6.46.jlb
☆コラム☆
ズキっと響きます(汗) 今日のみことば…
主よ主よといいながら、みことばを実践できない弱い自分です。
祈らねばならないとわかっていながら、集中できず他の事考えてしまったり…
朝早起きして祈る事にしていても寝過ごしてしまったり…
自分を愛するように隣人を愛するとわかっていても、冷たい言葉をはいてしまったり…
弱い自分を悔い改めます。しかし、悔い改め、主に立ち返る時に主が強めてくださると信じ感謝します。力を与えてくださるから感謝します。↓↓↓
「なぜなら、力を与え、強めてくださるキリスト様に助けられて、私は、神様の要求を、何でも成し遂げることができるからです。」
ピリピ人への手紙 4:13 L.B
完璧な人はいません。完璧でないからこそ主が必要です。努めて主について行きましょう!
主の言葉を聞き、それを行う者となっていきましょう!それを行う者はどのような者でしょうか?
↓↓↓
「そばに来て、わたしの教えを聞き、そのとおり実行する人はみな、 地面を深く掘つて、岩の上に土台をすえ、その上に家を建てる人のようです。 洪水になり、激流に洗われても、家はびくともしません。 土台がしっかりしているからです。
しかし、わたしのことばを聞いても実行しない人は、ちょうど、土台なしで家を建てる人のようです。 激流が押し寄せると、家はあとかたもなく、こわれてしまいます。」すばらしい奇蹟」
ルカによる福音書 6:47-49 JLB
http://bible.com/83/luk.6.47-49.jlb
みことばを実践しましょう!なにがあってもビクともしない勝利者となっていくからです!アーメン
今日はアジアフォージーザスです!四ツ谷区民ホールで共に集まり祝福を受け取りましよう!
金土のアジア・フォー・ジーザス
http://shinjuku-shalom.com/japan-for-jesus-2015/
日曜日のアルタ前
http://shinjuku-shalom.com/love-japan-gospel-festa-2015/
あなたの上に主の豊かな恵みと平安が今日もありますように ☆あきら☆
日曜日の朝、ハレルヤカフェで小さな集まりを持っています。賛美し祈り、聖書の初歩的な学びをいたします。8時から二時間ほど。ぜひご参加ください。
(来られる方はご一報ください)&今週はアジアフォージーザスの為お休みします!ご注意下さい
⭐️⭐️⭐️8月のカフェ礼拝⭐️⭐️⭐️
8/29土曜日 PM5からです。
どなたでも大歓迎!ぜひともに礼拝捧げましょう!
食事される方は予約ください!
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆8/16日曜日、新宿アルタ前にてフィリップ師のいやしの集会があります。奇跡を体験してください
参考動画↓↓↓ すごいです‼️
http://youtu.be/CZhe0nUy9Cg
この日は無料ゴスペルコンサートが繰り広げられます!合わせて楽しんでください!
■■ God Bless You !!! ■■
今日も皆様の祝福を心からお祈りしています。
みちる姉版
【マナメール】神の御言葉を宣言する(箴言6章/ルカ6章)
■S:今日の聖書の言葉
ルカ6:45
★良い人は、その心の良い倉から良い物を出し、悪い人は、悪い倉から悪い物を出します。なぜなら人の口は、心に満ちているものを話すからです。
■O:今日のコラム
私たちの心の内は、人には見えませんが、私たちはその語る言葉によって、心に何が満ちているかを知ることが出来ると、イエス様は教えておられます。
日頃、私たちの、この口から頻繁に出る言葉は、どのような言葉でしょうか?
私たちは自分の語る言葉に注目することによって、自分の心に何が満ちているかを知ることが出来ます。
ある人は、批判であったり、皮肉であったり、馬鹿にするような言葉であったり、否定的であったり…
その反対に、ある人は肯定的であったり、喜びであったり、感謝であったり、賛美であったり。
その言葉の端々を、注意していると、その人の心が見えてきます。
今日の箇所である聖句を読むたびに、『それはもちろん、その通りですよ…分かってますよ。自分の倉である「心」を良い物で満たしたいと願って頑張っているのに…』と、反省していたかもしれません。落ち込んでいたかもしれません。
そんな方には朗報です!
良い物を良い倉から出す、という意味では、私たちはもちろん、言葉の出てくる倉である、「心」を見張る必要があります。
それが大前提なのですが、実は、「心を見張る」ことと同時に、私たちは、語る言葉、宣言する言葉に、心を矯正させることも出来るのです。
私たちは、祈りの家で、御言葉を何度も声に出して宣言し、それから祈る、という時間をもっています。
何回も何回も、腹の底から声を出して、御言葉を宣言します。
とても不思議なのですが、私たちは、自分の口から出てくる御言葉、自分の口の宣言によって、内なる人が矯正され、また強められ、また、きよめられてゆくのを体験します。
「聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。」(第2テモテ3:16)
「キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、」(エペソ5:26)
また、神様は口の言葉、その宣言をもって、無から有を作り出されました。
「光よ。あれ。」という宣言から、光が作り出されました。
主の似姿に造られた私たちが、主の約束である御言葉を宣言する時、私たちの人生でそれが「有」となり、実現されることと信じます。
悪い言葉が口をついて出てきそうになる時でも、敢えて御言葉を宣言しましょう。
主の御名を高らかに歌いましょう。
■A:考えてみよう
自分の口から出る言葉は、どんな言葉が多いだろうか。
是非、今日からデボーションの時間に御言葉の朗読することを始めてみて下さい。
皆さんが、神の言葉の力を体験することを祝福します!
■P:祈り
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。
【 みちる 】
■■ God Bless You !!! ■■