羽田に国際ターミナルステーションができるにあたって、外国人対応のコンシェルジェさんたちのホスピタリティ研修をした。
今回の採用は、英語の他に中国語かハングル語が話せる人というのが条件だったとの事で、受講生の皆さんは全員いわゆるトリリンガルで、語学のエリート集団だった。
研修は日本語と英語を使ったのだけれど、英語のレベルもすばらしい!
教える立場で伺いながら、語学のエキスパートぶりにひたすら尊敬の念をいだいた
研修の合間にブレイクタイムをいれて、受講者の方達の前職のお話になった
…
話を聞いて、腰が抜けそうになった
研修生の内、2名は中国人だったのだ
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ってことは、今こうしてお話していらっしゃる日本語は、外国語って事?
グラマーの間違いがないのはもちろん、微妙なイントネーションの違いさえも感じられないネイティブジャパニーズである
す・ご・い!
語学のエキスパートは様々だけど、私が一番驚き、おののき、尊敬してしまうのは、日本語を外国語として身につけた人たち
日本語が話せる外国人
敬語のセミナーなんかをしていて、いつも思うのは、日本人に生まれてなかったら
絶対に
間違いなく
アブソリュートリー
自分は日本語なんて話せなかっただろうってこと
かのフランシスコザビエルさんも日本語には相当苦労したらしい
多くの訪日外国人達は日本語を『悪魔の言葉』と感じていたらしい
なによりも、人称表現の多さにとまどうみたい
確かに…
英語は一人称は『I』だけだけど、日本語はそうはいかない
私も
ビジネスでは『わたくしは…』
学校では『先生はね…』
社内では『安東が…』
娘の前では『ママさぁ…』
親の前では、『のりこも…』
友達の前では『あたしね…』
いったいいくつの一人称を使っているんだろう?
相手によって使い分けているんだろう?
と考えて、ふと気づいた
ふんふん
これって言語機能が持つ個別対応習慣だよね
相手によって自分の立ち位置を変える
ホスピタリティの原点じゃない?
海外のホテルには絶対に真似できないといわれている日本の旅館の『おもてなし文化』
それは、こんな風に、言語の中にも、脈々と流れているんだね
さぁ、今日もはりきって、一回しかない今日という一日を一回しか共有できない人達と一緒に、楽しもう