楽観的に考える人と、悲観的に受け止める人の違いは?
大変難しい問題や、大変悩む出来事が起こり
全く同じ状況に置かれても
楽観的に考える人と、悲観的に受け止める人がいます。
この違いはどうしてでしょうか。
悲観的に受け止める人が
楽観的に受け止めようとしても難しいことです。
マイナス思考している人がプラス思考をしたいと思っても難しいことです。
それはなぜでしょううか?
マイナス思考とプラス思考の違いは、その人の性格の違いや
その人の生まれ育った環境や考え方によって決まるかのように思われがちです。
それでは、マイナス思考に落ちいっている人は、
どうしてもプラス思考にはなれないのでしょうか。
中学一年の時少しだけ不登校になったわたしの悩みは・・・
以前の小学生時代のわたしは、
いつもこうなったらどうしよう。ああなったらどうしようとばかり考えて不安や恐れの中にいました。
そして、ついにはそこに行かなければそれをしなければ問題は起こらないのだから
何もしないという選択が一番不安や恐れを抱かなくていいのし、楽だという結論に達したことがありました。
そのままそのような考えで時を過ごしていたら、
学校に行かなければ友達関係や勉強のことで悩まないし、
問題も起こってこない。
とするなら家でずっと過ごすことが一番楽であるということから絶対に不登校になっていたと思います。
でも、どこかでこのままではいけない。
このままずっといつも何かから逃げていたら、ずっと問題から逃げれるが、
問題がなくなったわけではないので違った悩みや辛さが起こってくるということに気がつきました。
中学一年生の友達に人生で一番悩んでいることを正直に相談した・・・
どうして、自分は何事においても問題を避けて人から逃げているのだろうと考えました。
そして、逃げても問題は無くならないし、別の問題が大きくなって余計に苦しくなると気がつきました。
どうして自分は、まだ起こっていないことを悩んで取り越し苦労をするのだろう。
どして自分は、物事を悲観的に考えマイナスにしか見れないのだろうと考えました。
そして、久しぶりに学校に行きました。
そして、クラスの中で一番楽観的で物事をプラスに受け止めれている男の子に聞きました。
放課後話したいことがるので少し残って欲しいとお願いしました。
しばらく不登校で学校に来ていない者からそう言われたら、少し不気味な怖さを感じたかもわからないと今になって思います。
でも、その子は、残ってくれました。
そして、わたしは真剣に自分の悩みを打ち明けました。
中学1年生でわたしの悩みを聞いて普通はどう答えていいかわからなくて困ると思うのですが、
その子は、真剣にわたしの話しを聞いてくれて、
わたしの悩み(マイナス思考で恐れや不安から全てのことから逃げてしまう自分自身を正直に告白しました。)を話し、その子がいつも物事をプラスに考えて快活に楽しそうに過ごしているのはどうしてか?尋ねました。
そして、悲観的な物事全てから逃げてしまう自分は絶対にプラス思考にはなれないのかと
真剣に悩みをぶっつけました。
今にして思えば、中学1年生でこんな悩みを告白されて戸惑い困って何も答えられないのが当たり前と思います。
その友達がわたしの悩みの告白に対して答えた最高の答えは?
その子はしばらく、本当に時が止まったかと思えるほど長い時間がたったように感じたとき、おもむろに話し出しました。
今もはっきり覚えているのですが、その子はわたしにこう言いました。
「〇〇君に足らないのは自信だと思う」って言いました。
しかし、その時のわたしにはその意味が分かりませんでした。
そしてその子はこう続けて答えました。
自分も以前は少しのことでも不安になったり恐れたりしていたと。
でも、このままではいけないと思って何かに挑戦してみようと思ったというのです。
そして、野球が好きだったけど自信がなくて少年野球チームに入れなかったとのこと。
でも、挑戦するって決めて思い切って少年野球チームに入ったらしいのです。
結局レギュラーにはなれなかったけど、2年間野球ができて相当自信になったらしいのです。
そうこうしている内に、くよくよ考える習慣が頑張っていれば何とかなるさという楽観的習慣に変わっていた・・・と聞きました。
その時、性格が変わったとか考え方が変ったとかではなく、くよくよ考える習慣が頑張っていれば何とかなるさという楽観的習慣に変ったと聞き何かが弾けました。
くよくよ考えたり、悲観的に考えて悪い方悪い方に行ってしまうのは『習慣』だと言ったのです。
わたしは、その子に友達になって欲しいと要望しました。
人生であとにも先にもわたしが直接友達になって欲しいとお願いしたのはこの時だけです。
わたしは、友達としてよりこころから尊敬しずっと一緒にいたいと思いました。
自分に自信を持つためにした人生で初めての挑戦
そして、すぐにわたしは学校の生徒会の学年代表に立候補することを決めて担任の先生のところに行きました。
担任の先生もびっくりしてわたしに聞きました。「どうして生徒会に立候補しようと思ったのか?」と。
わたしはこう答えたのを覚えています。
「自分自身の考え方の習慣を変えたい。くよくよ考える習慣を楽観的に楽しく考える習慣に変えたい。」と。
その時、その友達も一緒に着いてきてくれて喜んでくれました。
運よく、生徒会学年代表に当選し、それからはそれまで考えられなかったいろいろな体験をしました。
その友達の『言葉(くよくよ考える習慣を楽観的に楽しく考える習慣に変える)』がわたしを救ってくれました。
わたしはいのちの恩人と思っています。
わたしにとってその友達の影響力は大きかったが、高校二年のとき・・・
それからのわたしは、その友達のように
わたしの言葉で人を救えるような存在になりたい。
誰か困っている人のために手助けし励ませるような存在になりたいと思って生きるようになりました。
※余談ですが、その友達の夢は政治家になってあらゆる恵まれない階層の人たちを支援し助けたいということでした。でも・・・
残念ですが、その友達はその夢を果たすことができませんでした。
高校2年の時に白血病でこの世を去りました。その友達がずっと生きていればすごい政治家となってすごい働きをしただろうと思うと志半ばで世を去ったことが残念でなりません。
その友達が残してくれた考え方や生き方を手本にして・・・
その分、わたしがその友達の考え方
(特に、マイナス思考は考え方の習慣であり、そのマイナス思考の考え方が身についているだけなので、
プラス思考の考え方の習慣に変えれば、プラス思考がその人の習慣になる。
という素晴らしい考え方・・・)を受け継ぎました。
できるだけ多くの人に、この考え方の習慣化について話しをしてきました。
どんなにマイナス思考の習慣でも、ネガティブ思考の習慣であっても、
プラス思考の習慣に変えれます。ポディティブ思考の習慣に変えれます。
その友達が亡くなって次の年にわたしが自律訓練法の師匠と出会って、
自律訓練法による自己催眠で潜在意識を活用できることを知りました。
この奥義を知って、その友達の考え方がただ何となくわかるではなく、
理論としても実践としても真理であると知ることができました。
自律訓練法による自己催眠における潜在意識への働きかけにつて
今でも、その友達を語り合いたいと思うことがあります。
そして、わたしが不登校で悩み苦しみ悶えているときに告白した
難しい質問に対して真摯な姿勢で向き合ってくれて
最高のアドバイスをもらったことももう一度お礼が言いたいと思っています。
このようにして受け継がれてきた奥義を次回もう少し
詳しくお話ししたいと思います。
わたしの個人的な思い出話しをながなが聞かせて
すみませんでした。
でも、どうしても語りたいことだったのです。