「諦める力 勝てないのは努力が足りないからじゃない 著:為末大」。今日はこの本から、努力できるものについて書いていきます。結果を出せるほど「頑張る」には、本人のやる気が必要になってきます。その「頑張る」ためには何が必要なのかを見ていきましょう。

 

結論から言うと、「好きなこと」は努力できます。人には好き嫌い、向き不向きがあるわけですが、これを間違えてしまうとやっていくことができないのです。「努力」と書きましたが、実は好きでやっている人は、それを「努力」とは思っていません。

 

自分が面白いと思うからやっているだけのことであり、周囲から辛そうに見えても本人に苦はありません。例えば、この本の作者である為末さんは陸上が好きだから走っているのでしょうが、私は100メートルも400メートルも走るのは苦痛でしかありません。

 

私から見たら、為末さんはなぜあんなに走れるのかはよく分かりませんが、彼は陸上が大好きだから苦もなくトレーニングして走るのです。逆に私がこうして文章を書いているのを見たら、「辛くないのかな?」と思う人もいるでしょう。私は苦しみは感じません。

 

自分が好きなことをやることが大事ということですね。陸上でも文章書きでも、他人から見たら苦しそうなことであっても好きな人は好き。また、自分にとって面白いことが、他の人からしたら地獄の時間でしかないのかもしれません。

 

昨日書いたように、その道で生きていけるのは、本の一握りの人でしょう。それでも、その一握りに入るには好きでないとやっていくことはできないわけです。自分ができることを見つけていき、本当に立てる土俵に上がることが大切です。その土俵は、好きなところでないといけないわけですね。

 

さて、もう1つ大切なこととして、「子供が自発的にやっていることに報酬を与えるとモチベーションが下がる」という心理学の実験結果の話がありました。これは、ご褒美があるとそれを手に入れるために努力をするようになり、純粋な楽しみでなくなるからだそうです。

 

子供はそれをやること自体がご褒美で、楽しんでやっています。そこにご褒美を手に入れるという別の目的が入ってしまうと心から楽しめなくなってしまうというのです。頑張った結果は大事ですが、目的が変わると気持ちも変わるのでしょう。

 

私は、他人と趣味の実力を争う大会が嫌いです。何かをやることをただ楽しんで、終わった後に気分が良くなれればそれでいいという人間だからです。努力や他人に勝ったという結果、賞状やタイトルを得ても、あまり嬉しくないことを思い出しました。

 

もちろん勝利得ることはいいことだと思いますが、その過程の「楽しい」気持ちになるのに、ご褒美を貰えるという目的があると、雑念が入ります。純粋な愛が冷めてしまうのが、苦痛になってしまうのです。

 

むしろ、勝負事は自分に勝つという気持ちでいると楽しくなります。昨日よりも自分が上に進んだ、そのための努力を楽しんだ自分が好きになる。そう思うと、やっていることに純粋に打ち込めます。

 

「結果」も大事ですが、「過程」を楽しむ心がないとモチベーションが下がります。そのためには、あまり勝ち負けに拘らないというのも大切なのではないかと思いました。子供のように、好きなことをただ喜んでやる。これが、自己成長に必要なものの1つかもしれません。

 

努力をするには好きであること。好きでいるためには純粋に楽しいという感情が必要。そのためには、物的なご褒美やタイトルは枷になるかもしれないというのは目から鱗の話でした。「好き」という気持ちを大切にするためにも、楽しいと思える方法を考えてみるのもいいかもしれません。