人生の捉え方には二つの考え方がある。


一つは人生に目的があるという考え方。


それは天から与えられた運命と信じているものか、自分自身で決めた目標かはともかく、

私利私欲の欲望や社会や大切な人への貢献、自分のDNAを後世に残すことなどそれぞれ想いは違うだろうが、

目的を成し遂げるために、信念を持ち、自信に磨きをかけるなど努力を続ける。



もう一つは人生には目的などなく、与えられた人生を楽しめばよいという考え方。


それは、自分にとって楽しいことのために時間とお金を使い、努力するとしてもその楽しみを

得るため、持続させるためでしかない。


生物学的に見たら、人生には目的があり個体としての人間のすべきことは、自分の子孫を多く残すことだろう。

子孫が自立して生き続けることができるようになれば、人生の目的は終わる。

個体や子孫だけでなくもっと拡大的にウチを見るならば、群れのため種のために安定や利益を守ることも目的になるのだろうか?


高い目標を持つ人は、永らく満たされない。

目的がなく、楽しみ続ける人は、常に満たされる。


逆の見方をすれば、高い目標を持つ人は不満な状態になれているから、何かを失っても強くいられる。

楽しみ続ける人は、一たび何かを失うと、猛烈な不満に見舞われる。


果たして、どちらが幸せなのだろうか。

偶然や他人の好意によって良いことが起こるのを期待しても大抵は何も起こらない。


どうしてもほしいなら、どうしても成し遂げたいなら、自分の能力や評価を高めるために弛まぬ努力を重ね、事や人の心を動かすためにくじけずに挑戦を続けるしかない。

運命とは心を開く道具に過ぎない。


運命という言葉は現象に理由を与える。


自分の行いや予期できる出来事によって起こった現象は必然と呼んでもよい。


それ以外の身に降りかかる偶発的現象に対して、人は偶然ではかたずけたくないらしく、

運が良かった、悪かったと言い、極端になると運命だと言う。


過去の現象を運命と信じることは自分を納得させる効果しかない。


未来に起こりうる現象を運命と信じることは、自分の気持ちや行動を変化させる効果があるが、自分が関与しない偶発的現象が起こる確率が変化することはない。


だから、偶発的現象が起こるのをただ期待しても無駄で、運命と信じて自信を持って行動を起こすことによって、望むべき現象が起こる確率が上がる。

そうでないと運命は単なる勘違いになってしまう。


それと同じで、運命という言葉は他人の気持ちや行動をも変化させる。

必然的現象であっても、その人には偶然の現象で連続するのなら運命と勘違いするかもしれない。

運命と信じることによって行動が変わることもある。


だから、運命という道具を上手く使えれば、自分のモチベーションを高め、他人を動かし、望むべき方向に近づけるということ。

これだけ猛暑が続くと、さすがにエアコンがないと辛いな。

ヒートアイランドで都心の気温が温暖化の気温上昇以上に上がっている。

このままいくと、体力の落ちている人にとっては、エアコン買えるかどうかが死活問題になったり、エアコンの故障が命取りになる。


地球温暖化問題は数十年後の問題ではなく、影響が出始めている問題で、高齢者にとっても他人事ではないということ。

会社の同僚と話していて、職場には消極的利己主義な人って結構いるなと思った。


利己主義、利他主義という言葉はあるが、積極的、消極的で分けてみると


・積極的利己主義:

 出世欲が強く、人の手柄を横取りしたり、仲間を踏み台にしてのし上がる人。いわゆるジャイアン。


・消極的利己主義:

 自分のやるべきことはきちんとやるが、他人の仕事は自分の仕事じゃないと関わることを拒否する。


・積極的利他主義:

 自分の損得は考えずに、困っている人を助けたり、人を喜ばせようとする。


・消極的利他主義:

 人から頼られたら、親身になって相談に乗ってあげたり、助けてあげたりする。


どれも極端だと無理が生じるんだうな。人間だもの。

利己主義な側面も利他主義な側面もある。

状況に応じてコントロールできればいいんだよね。


大切な人たちや仲間に対しては利他主義も良いけど、純真で真正直だと騙されるんだろうな。

どんな利己主義にも騙されない利口な利他主義を目指したいもの。